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2019年8月10日 

Daniel
今39歳です。35歳の時に精子提供で生まれたことを知りました。4歳になる息子Charlie、そして9ヶ月になる娘のClaraの父です。
去年の8月にBirths, Deaths and Marriagesから連絡が来たんだ。"Can you please contact us regarding your record?" とね。役所が言ったのは、母親が生殖補助医療を利用した件で連絡したと。そして、精子提供を受けたことがわかったんだ。こんな風に知らされるのは、最悪だった。それで具合が悪くなり、上司に早退すると申し出た。そして、自分には妹がいるけど、妹も同じ方法なのか尋ねたら、役所はそうだと答えた。
その夜、そのことについて両親と話をした。今日、こんなことを知ったんだけど? どういうこと? と。母親は最初、そんなの嘘だと言い張った。議論になった。自分は正直でいたいんだと。だからその時の母親の態度に対しては今でも怒りを覚えてる。母親は、プライバシーの侵害だと怒った。それは彼女の医療記録だからと。そんな風に自分は精子提供で生まれたと知った。これは決して良い方法ではなかったね。
数週間後、ドナーに会うことができた。面白かったよ。彼が言っていたのは、その当時、自分は大学生で、ただ、自分の精子がfertileかどうか知りたかったから提供したというんだ。その時は匿名だったと。ドナーは機械工学の博士で、パートナーとカナダに移住した。そのあと、法律が変わったことを知った。色々なことを考えて、子どもに連絡を取るかどうか、迷ったらしい。でも最後は、どうしても興味があったのでコンタクトを取るという決断をしたんだそうだ。それが10月のことで、実際に会ったのは次の年の1月のことだった。彼には好感を持ったよ。
ドナーは自分の父より少し若い。19歳の時に提供したから。LAに渡航して会ったんだ。彼とは興味関心がとても似ているんだ。音楽に対する好みとか。ドナーとは似ているけど自分の父親とは違うと思う。外見も似ていた。そして自分の見た目はやっぱり父親とは違う。でも父は父だと思う。自分ににはその時子どもがいたので理解できる。父と息子がどんな関係なのか。息子はなんでもマネをするんだ。父は紛れもなく父で、そのことを疑ったことはない、育ててくれた唯一の人だから。

Megan
27歳です。知ったのは、23歳のとき。だから4年前になるかな。自分はごく普通の幸せな家族のもとに生まれてきたと思う。双子の妹がいる。7歳の時に両親は離婚した。でも父とはずっと連絡を取り合っていた。
父とは、目が似ていると思う。10歳の時に、そう確信した。でも母親の目にも似ていると思った。でも、何かが違うと無意識では感じていた。で、父親と完全に似ている友達が羨ましいと感じていた。で、大きくなるにつれてだんだんとその無意識にあったものが意識にあがってくるようになった。
自分の祖父は系譜とかfamily treeについてとても熱心に教えてくれた。自分の家系はBritish IrishとNew Zealandだとわかった。それで、DNAに興味を持つようになって、ある時テストをしてみた。それで発見してしまった。 DNAテストをやろうとした時に、母親は、何気ない風に、やめるように説得してきた。お金の無駄だとか、結果は正しくないだとか。でももちろん自分はやったよ、だって自分のお金なんだから。
結果を見て当惑したよ。だって自分はイタリア系だと書いてあったから。それでGoogleで調べまくった。イギリスに来たイタリア人なのかとかね。でもちょっと興奮した。自分はイタリア系の大学で勉強したからね。
で父親に連絡して、自分はこんなテストを受けてみたんだと言ってみた。そしたら無言になって、何も言えなくなった。
数週間後、母親がキッチンで、私と妹に話があると言った。そこでやっと、精子提供を使って、私と妹、そして兄を生んだと言った。そしてすぐに付け加えたのは、兄にはこのことを言わないでということだった。兄は精神的な問題を抱えているので。そして父にも言わないでと。だからこれは家族の中での大きな秘密になった。母が言ったのは、父が死んだら、教えるつもりだったと。父の健康状態は良くなくて長くはないかもしれない。
で、妹は全く疑ってなかったので、このことを知って以来、完全に破壊されて、ものすごく苦しい状態になった。母はこの問題に対してとても敵対的で。そんなことはどうでもいいことだという態度だった。
そして、父ともあって話をした。父は拒絶されるのが怖かったと。自分はそんなことは絶対に起こらないと、だって彼を愛しているし、父だから。
DNAテストで調べたら、遠い親戚を発見することはできた。そして、ドナーきょうだいを発見した。彼女の方も探していて、facebookで知り合った。彼女と会って話をしたよ、1時間くらい話したけど、面白かった。ドナーの祖母や叔父の写真もみれた。自分が今まで知らなかった人たちの。でもドナーにfacebookで連絡するのは良くないと言われた。ちゃんと公式のチャネルを使うべきだと。でも結局、facebookで連絡を取ったらOKだと言われた。だから彼女と一緒にドナーに会いにいった。で、やっぱりドナーの家族はDNAテストの結果のように、イタリア系だった。カフェで会った。ドナーの2人の子どもたちとも一緒に。ちょっと変な感じがしたけれど、でも楽しかった。ドナーはちょっと私の兄に似ていたと思う。少し鳥肌がたった。そのあと、ドナーの母親にも会った。
今は、兄が知らないということはあるので、秘密があるけど、それ以外はボジティブだと思う。それに、イタリアにも1年間いったんだ。


Katrina
2歳の時に私は知りました。それで時々相手がそのことを知らないことを忘れてしまうこともある。だから相手は困惑して、説明しなければならないこともあるくらい。6学年の時に学校の友達にも言った。ドナーは、私の近くに居たんだけれど、その時はドナーだと知らなかった。そのあと引っ越していった。で、私がそのことを知ったとき、彼女はとても忙しくて。子どもが3人いて。だから私には1人のハーフ妹、2人のハーフ兄弟がいる。彼らは皆私を家族のように扱ってくれるのが嬉しい。彼女は私のことを妹と呼んでくれるの。私はそれが嬉しい、なぜかというと、自分には女きょうだいがいないから。
私は幼稚園の時に自分に約束したことがある、それはママのことを本当のママじゃないとか絶対言わないこと。私のママはママだから。だからその話題に触れる時は気を使った。ママはとてもサポーティブでこれ以外のことでもそう。とてもオープンな両親を持ったと思う。若者としては安全じゃないと感じることはとても重大な問題だから。私が言えるのは、私は小さい時に知らされてよかったということ。そして、自分たちの言葉で、早いうちに、子どもと会話して欲しい。

Gus
自分は12歳の時に知りました。でもどんな風に知ったか覚えていない。特に質問はしなかったな。父は父だと思っている。父が言ったのは、18歳になったら、ドナーの情報にアクセスできるということ。法律的に保障されているんだと。だから18歳以上になったら協力するよと言ってくれた。それならいいよと。そのあとはその話をあまりしなかった。自分のなかで大きな問題ではなかったから。それで24歳になったとき、今から4年前だけど、その手続きを始めた。実は自分は緑内障の病気があって、手術しなければならなかった。だからドナーに何か関係があるのかと知りたかったし、ドナーきょうだいにも確認したかった。4月頃から連絡を取り始めて、何度もemailを交換した。それでやっと実際に会った。7時間も話したんだ、気がついたら11時になっていたよ。それが、3年前の話。それ以来、定期的に連絡しあっているよ。
去年の10月に新しい進展があった。自分の娘を連れて行って、向こうの家族ともあったんだ。でも皆色々な性格だと思った。例えば自分の弟は全然ドナーに興味を示さない。ドナーやドナーきょうだいに会ったという私の話は聞いてくれるけど。だからそのミーティングにも来なかった。

Georgia
母は今日35歳の誕生日です。私は23歳で、Noahはきょうだいで21歳です。自分には母親が二人、ドナー(donor dad)が一人います。他の人とはちょっと違ってる。20数年前はレズビアンカップルとかシングルの女性が体外受精を受けるというのは珍しかった。親は、ゲイレズビアン向けのローカル新聞でドナーを探した。広告を打って。それで何人かの男性のインタビューをして。決めたの。HIVとかの色々な検査もした。何度も会ってたくさんの会話もした。簡単な契約書を作った。私たちと父親の関係はどうで、コンタクトするかとか、経済的な支援はないとか、そんなこと。
ドナーはその時すでにクリニックでもドナーになっていた。1996年5月に、別のママJulieがきょうだいを産んだ。その時10歳だったから、自分と生まれてくる子どもの関係も理解できた。ドナーには、他にも子どもがいると思う。だからhalf siblingsも。でも自分はドナーとコンタクトを取ろうと考えていない。ドナーの方がそれを望んでいないと思うから。興味はあるけど。でも自分にとってそんな重大事ではないと考えてるから。

Carrie
宇宙科学を勉強して卒業したばかりで、両親とまだ一緒に住んでいます。両親は今日はここには来ていません。でも前にもここで話したことがあります。父は結節性硬化症で妹も遺伝的な病気を抱えていたので、子どもに遺伝する確率が50%ほどもあったので、精子提供を受けることを決意した。1997年のことで、それはとても勇気のいる決断だったと思う。ドナーに関してはA4二枚程度の情報を持っています。ドナー自身が書いたもので、年齢、カラー、身長、職業、興味関心などなど。それが全部。
今まで、この紙を2回取り出して眺めたことがある。6歳のときと15歳のとき。ドナーと将来、会うかなぁと考えていた。私の両親は離婚した。父は別の女性と結婚して、子どもをもうけた。もちろん精子提供で。向こうの家族にも会いにいったことがある。そういう風なことが、普通じゃないような感じがするかもしれないけど、いろんな家族があっていいと思う。


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by technology0405 | 2019-09-19 12:38 | Materials | Comments(0)

2019年8月10日

卵子提供で母親になったJake
5年ほど前に双子を妊娠したの。卵子提供で3人の子どもがいるわ。6歳になるRose, 4歳になる双子のJackとMeggie。31歳の時から体外受精を始めて6サイクルもやったけど、結局妊娠しなかった。卵子提供をやって4人もの卵子ドナーを依頼して5サイクルの体外受精をやったわ。21週くらいで3回も流産した。体外受精を始めたのは、今から11年前の話になるわ。子どもたちには生まれた時からオープンにしている。ストーリーブックを作って、話している。家族内では共有しているけど、家族以外には話せていない。
あるとき、夫の仕事関係の友人を呼んでディナーパーティーをやったの。そしてある女性が、私と子どもたちは似ていないわねといった。
私は卵子提供だと言えばいいと思ったけど、夫の顔を見ると凍り付いていた。だから私も彼も何も言えなかった。帰り道に尋ねたら、彼は何っていいかわからなかったといったわ。でも私はとてもオープンな人間だから。その夜は彼と議論になった。
もしシングルなら、周囲の人たちには話すことになるだろうとも思った。それで、VARTAに連絡してみたの。Kateと電話で話した。そして、教えてもらったビデオも見たわ。その女性は、8歳の時に精子提供で生まれたことを知ったみたい。夫にも子どもたちにもビデオを見せた。そして全てが変わった。
私はオープンだけれど、誰にでも話す必要があるとは思っていない、例えばスーパーマーケットであった人ととかには話す必要がない。だからたくさん判断してきたわ。必要な人だけに話すようにしている。私はここで自分のストーリーを話したけど、Rose、Jack, Maggieにもそれぞれ自分のストーリーを語って欲しいと思っている。
一番上の娘は、DNAについて理解しているので、卵子ドナーや精子ドナーの意味もわかっている。娘は友達にはこのことはいっていない。そんな興味がないといっている。でも、娘にその準備ができたら、私は手助けしようと思っている。

匿名精子ドナー
自分は匿名で精子を提供していた。そして30年もの間、ずっと匿名だったんだ。でも今は完全に変わった。法律が変わって、ドナーの情報がオープンになったからね。自分が精子を提供したのは80年代半ばの頃だった。実は、精子ドナーになるというのは妻のアイデアだったんだ。妻はは今日ここにも来ているよ。だから保証人のようなものだ。彼女はABCか何かのラジオ放送で医師のインタビューを聞いて、それを思いついたみたいだ。それで私はたくさんの検査を受けて、精子ドナーになれた。そのとき、自分を含めてメルボルンには13人のドナーしかいなかった。たくさんの書類にも記入した。その一つが、non-idetifying informationというものだ。それで書いたのは、数学が苦手だということ、絵を描くのが好きでスポーツが得意だと書いた、あとは忘れたかな? そのあと、この提供の結果はどうなったんだろうととても興味が湧いたんだ。それである日、電話がなった。それはBirths, deaths, and marriagesの女性からのものだった。
彼女は、子どもに会いたいかといったんだ。自分はその時ちょっと待って、といった。そして1989年にSarah, Robbyが生まれていることを知ったんだ。12日後に、彼らとあった。彼らにとってとてもexcitingもな出来事だったと思うよ。Robbyは、いつ知ったか覚えていないといっていた、多分3歳くらいだろうと。最初から知っていたと。それでドナーにあう事をとても楽しみにしていたと。18歳の誕生日ブレゼントとして、このミーティングを父親と母親にセッティングしてもらった。それでとても興奮していたね。
Sarahはまた全然ちがう性格だ。彼女はもっとプライヴェートな性格で、メイルと電話からゆっくりと進んでいった。彼女がいった事で興味深かったのは、自分の絵画への関心がどこからきたか理解できたと話した事だ。彼女の家族にはそういった特性がないらしい。それで絵画をメールで交換した。5分後には互いの絵を交換していたよ。彼女は象の絵を送ってくれた。そのあと、Sarahに会った。彼女とはたくさんのメールを交換した、いろんな事を話したよ。Sarahはティーンエイジャーで、この事を受け入れるのが少し難しそうな感じだった。
彼らとの関係は、親としてのものでいないよ。だからRobbyとは女の子の話もした。どうやって女の子をモノにするかとか。自分は10代の時はとてもシャイだったといったら、彼もそうだといったね。それ以外では、健康や医学的な情報についても交換したよ。向こうはとてもそのことに関心を持っていたし、私には相手の家族の側のことも知って欲しいという感じだった。そういうオープンさが好きだ。
自分にはオーストラリア以外に3人の子どもがいるみたいだ。いつも日があう時があるのかどうかわからないけど。

卵子提供で生まれたMel
8歳の時に、自分がどうやって生まれてきたかを知った。そしてドナーにとても興味があって。私は家族とは違っていると感じていた。18歳の時、親には内緒でBirth, Death, andMarriagesに行って、ドナーのことについて知るために連絡した。そこで、書類に記入して、同意して。そして突然その日がやってきた。ドナーと会った気持ちは、とても妙だった。2-3時間も話した。私はミュージシャンで、私のドナーはといえば、コーラスに関心があると言った。私はサクソフォンを演奏する。クラッシックが好き。コーラスも歌う。
私のママはとても保守的なカトリック教徒で。私がドナーにコンタクトをとる事をとても不安がっていた。
私が小さい頃から、ママはそのことをとても不安がっていることを知っていた。だからずっと、ママの気持ちとバランスすることを考えてきた。そしてママがドナーに会いたくないし来ないということをいうのではないかと思っていた、だから待つ必要があった。
そして実際にドナーに会うことを告げたとき、ママはとてもショックを受けていた。
ドナーとの面会には、ママも同席した。涙を流して、ドナーにありがとうと言ってハグした。その瞬間のことを忘れられない。



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by technology0405 | 2019-09-16 09:31 | Materials | Comments(0)


オーストラリア・ニューサウスウェールズ州では2007年よりセントラル・レジスターが健康省に設置され、
配偶子提供に関わる情報が管理されている。2010年以降に提供された配偶子から生まれた子は出自を知る権利が認められ、
ドナーの個人情報へのアクセス権をもつ。
子からの情報開示請求が始まるのは18歳以上となった2028年以降になると予想される。

(統計より)
・配偶子提供(精子・卵子・胚)により生まれてきた子の数は、計4559人。直近の2018年は658人が生まれている。
・配偶子提供から生まれてきた人(donor offsprings)からvoluntary registerへの情報登録は、計92名
・匿名ドナーで自分の情報をvoluntary registerに登録した人の数 87名

これまで、ドナーとレシピエントのマッチングが成立した事例は皆無ではないが、非常に少ない。

オーストラリアのビクトリア州にはVARTAという組織があり、ここでCentral RegisterとVoluntary Registerが管理されている。
この組織は長年運営され、啓発活動なども活発に行われて、一定の成果をあげている。

一方、VARTAは、ドナーとレシピエント家族の間に常に介在しており、当事者からは過度のパターナリズムだという声もある。

昨今、様々な関心のもとで、23andMeなど商業的なDNAテストを利用する人が増えている。データベースには少なくとも数万人程度のデータは登録されていると思われる。
そして、この DNAテストを別の目的で利用し、偶然に知ってしまった人もいる一方で、昨今は最初からドナーあるいはドナーからのきょうだいを探すという目的で、このサービスを利用する人も増えていると考えられる。
当事者にとって、Central Registerなどに登録して連絡が来るのを受動的に持つよりも(一般にマッチングが成立するのは稀であるし、何年も待つことになるかもしれない)、より手軽でダイレクトに、積極的に自分のニーズを満たすことができるという利点がある。
正確さは犠牲になるが、こうしたDNAテストで、遠い親戚を探し出すこともできる。

NSW州では、ドナーは2010年以降、非匿名化されているが、告知するかどうかは親の意思のもとに置かれている(一方、ビクトリア州では、子の出生証明書に記載されるため、子はいずれ知ることになる、このため告知は必然的である)。当然告知されていなければ出自を知る権利を行使できない。NSW州では、ドナーの同意なく個人情報が開示されることは認められていない。このような温度差が、NSW州のレジスター統計には反映されているのかもしれない。



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Mr. Peter Robinson, Ministry of Health, NSW による資料提供 


by technology0405 | 2019-09-13 19:17 | Materials | Comments(0)
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