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2016年9月、米国の医療チームがメキシコでミトコンドリア提供を伴う体外受精を行い、子どもが誕生したことが報じられた。依頼親はミトコンドリア病が子どもに遺伝するのを予防する目的でこの技術を利用したとされる。米国ではこの技術が容認されていないため、規制がないメキシコで行われたという。
 これに先立つ2015年2月、英国がミトコンドリア提供の臨床応用を容認することを決定したことが報じられていたが、米国の医療チームが臨床第1号を誕生させたという点で、英国に一歩先んじたことになる。
 ミトコンドリア提供には二つの方法が知られている。一つは卵子間核移植(Maternal Spibdle Transfer: MST)と呼ばれ、健康な女性から卵子の提供を受け、除核したドナー卵子に、依頼者の卵子核を移植する。もう一つは前核期核移植(Pronuclear Transfer:PT)と呼ばれ、提供された健康な受精卵から核を取り除き、依頼者の受精卵の核を移植する。いずれも提供された卵子や受精卵を必要とする技術であり、倫理的問題がある。特に、PT法は、受精卵を用い、これを破壊するものであるという見地から、宗教関係者からの批判や反対も根強い。
 英国のHFEAによれば、ミトコンドリア提供は、重篤なミトコンドリア病の危険性がある場合にのみ臨床応用が認可される。ミトコンドリア病は母親の卵細胞質にあるミトコンドリアDNAにある変異が子どもに遺伝することで発病する。そのため、卵細胞質を健康なミトコンドリアに置換することにより、子世代におけるミトコンドリア病の発症を防ぐ目的で実施される。依頼者の卵子または受精卵の核を吸引して取り除き、ドナーの卵子または受精卵に挿入するという、繊細な手技を必要とする技術である。この過程で、依頼者の核DNAに付着したごく少量のミトコンドリアDNAが混入することは避けられない。混入の範囲は、2-4%以内であるとされているが、異常なミトコンドリアDNAが世代を経て増殖する可能性もある。ミトコンドリア DNAは母系遺伝するため、核置換を施された受精卵が男児であれば、理論的には次世代への連鎖を止めることができるが、HFEAではそのための受精卵の選択を認めていない。
 この技術を用いた場合、ミトコンドリアDNAについてはドナー由来である。つまり、カップル以外の第三者のDNAが子どもに引き継がれることになる。このため、子どもは3人の親を持つと表現されることもある。第三者のDNAが混入することは事実だが、その程度は全DNAの0.054%を占めるに過ぎないという計算もある。ミトコンドリアDNAが子どもの形質に与える影響はほぼ皆無であると考えられている。とはいえ、第三者のDNAが混入することは事実であり、生まれてくる子どもがこの科学的事実をどのように捉えるかは全く分からない。英国では、精子提供や卵子提供に関して、ドナーの個人を特定する情報(名前や住所)を知る権利を子どもに認めているが、ミトコンドリア提供の場合は、ドナー個人を特定しない情報(髪や皮膚の色)の開示しか認めない方針を示している。
 生殖細胞に対する遺伝子改変を伴う技術は、未知のリスクがあるといわれている。第三者のミトコンドリアが混入することで、それらが世代交代を経てどのような動態を示すことになるのか、全くわかっていないからである。霊長類など動物を使った実験でも何世代も経た効果は検証されていない段階で、ヒトでの応用に踏み切ったのは、ミトコンドリア病を持つ当事者からの要請が強く働いた結果というよりは、科学者コミュニティの中での技術開発競争の結果といえるかもしれない。最近、中国の研究チームが受精卵に対する遺伝子操作を行ったことが報じられ、生殖細胞への遺伝子操作をともなう研究開発競争はますます過熱している。ミトコンドリア提供のヒトでの効果やその影響は、「やってみないとわからない」というまさに実験段階であり、その帰結は生まれてくる子どもが全て負うことになる。  
 ところで、ミトコンドリア提供は、核置換技術とも呼ばれ、卵子の若返り術としても知られている。日本は年間40万サイクルもの体外受精が行われる不妊治療大国であり、女性患者が40歳以上の割合が約43%と高齢化が著しい。近年、超高齢出産が年々増加しており、海外での卵子提供によると推測され、その数は少なくとも年間数百件を超えている。卵子提供は、加齢不妊に対する有効性が高く、この方法を選択する女性が増えているとはいえ、第三者からの提供卵子を用いた場合、依頼女性と子どもとの間に遺伝的繋がりがなく、その事実が、卵子提供利用の抑制因子になってきたと考えられる。
 日本だけではなく、先進国では一般に加齢不妊の問題が深刻度を増しており、核DNAの情報を100%子どもに引き継がせることができるミトコンドリア提供は、当事者にとって魅力的であると思われる。英国では、加齢卵子に対し核置換技術を行うことは、認めていない。しかしそれでも、すでに規制を逃れメキシコでこの技術が行われたことを考えれば、既存の生殖ツーリズムのオプションの一つとして核置換技術を導入することは決して難しいことではない。(日本では「特定胚の取り扱いに関する指針」[文部科学省・H13]および「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」[厚生労働省・H15]により、核置換技術は容認されていないと解される)
 核置換技術を禁止する規制を持たない新興国のような地域に、資金を贅沢に持つ先進国から設備投資を行い、先進国から技術者を送り込む。提供卵子や提供受精卵は、当該国で調達することも可能かもしれないし、国外から輸入も可能である。近年、未受精卵の凍結技術が確立されてから、卵子バンクから世界中へ凍結卵子が輸送され、使用されている。核置換技術が通常の卵子提供と異なる点は、ドナーの人種や国籍を考慮する必要がないことである。核置換のために提供される卵子や受精卵は、資源(モノ)として利用可能である。つまり、核置換技術は、より生殖ツーリズムに適合的なのである。
 この技術の安全性や有効性が一定程度担保されれば、加齢への適用が一気に現実味を帯びてくる。そのとき、提供卵子または余剰胚に対するニーズは一挙に加速することが予想される。それにもかかわらず、当該技術が開発された先進諸国で抑制的な運用がなされるとき、卵子提供・代理出産ツーリズムと同じ現象が反復され、世界中に広がることが懸念される。その結果、遺伝子改変が世代を超えてもたらす未知のリスクは、国境を超えて人類全体に波及していくだろう。


Key words: mitochondrial donation, three parent's IVF, germline gene modification, nuclear replacement, maternal spindle transfer, pronuclear transfer,

ミトコンドリア病 Link

世界初、3人のDNA持つ赤ちゃん誕生 米チームがメキシコで成功 

英国がミトコンドリア提供の臨床応用を決定 Link Link


周産期医療に携わる医師の超高齢出産と第三者生殖技術に対する意識調査 Link


HFEA (Human Fertilization and Embryo Authority) Link



2016 (c) Yuri Hibino



by technology0405 | 2016-10-08 13:44 | Discussion | Comments(0)
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