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Interview with a donor conceived child.




母: もう何万回も聞かれていると思うけど、卵子提供で生まれたことを知った時のことを教えて?

Nick 聞いた時のことはもう覚えていない。気がついたら既に知っていたという感じ

母: ドナーから生まれたことをどう思っているの?

Nick ぜんぜなんとも思っていない

母: ドナーを探した時にこと教えてくれる?

Nick: ドナーに興味を持ったので、母がクリニックに手紙を書いてくれた。それで、卵子ドナーのJenniferと晩御飯を食べたんだ

Marna: 彼女のことをどう思っているの? もしドナーに会えなかったらどう思った?

Nick: 好きさ。もし知ることができなかったらとても困っていたと思う。打ちひしがれるとか、悲しみにくれるというほどではないけどね。

Marna: そういえば、Jenniferは他にも4-5回くらい提供してたの知ってると思うけど、他に子供が生まれていることについて、どう思う?

Nick: その子たちのことは知らない。いちおうはHalf siblingsということになるけど、自分はそんな風に思っていない。ただの人。だって、遺伝的に繋がっているというだけで、繋がりがあるとは感じないから。あなたとは遺伝的に繋がっていないけど、つながりがないとは感じないのと同じ、だからそれは自分にとって重要なことじゃない。

Marma: 将来、その人たちに会いたいと思う?

Nick: 向こうが会いたいならいいよ。でも、自分はどっちでもいい。

Marina: そんなに強く思って(burning desire)ないんだ?

Nick: うん。

Marina: もし誰かが、ドナーとあなたが似ていると言ったら、どう思うの?

Nick: 彼女と兄弟姉妹やおばさんのようなふりをすのは楽しいよ。

Marina: あななたたちは本当によく似ているわね、どちらも私にとっては可愛らしく感じられる、母親として・・・。

Nick: 彼女は42歳だからもう中年なのに、子ども?

Marina: そうね、私はあなたのママで、卵子提供についてはものすごくオープンにしている。でも、他の子供たちに話した時はどんな反応だったの?

Nick: 学校で、family treeをつくられたことがあって、そこに自分はJenniferを入れた、その時は彼女のことを知らなかったけど。クラスの半分は気にしてなかったな、あとの半分は、すごい(cool)、と思ってくれたみたい。


Marina: 思い出した、何人かの子供たちは私のところへ来て、自分もそんな枝が欲しいと言ってたわ。

Nick: うん、だからネガティブな反応はなかったと思う。

Marina: ネガテイブな反応はこれまでなかったの?

Nick: ないよ、だってここ(Portland)にはもっと変なことがいっぱいあるし、誰も気にしてないよ。

Marna: そうね、私もネガティブな反応はこれまでなかった。これが最後の質問になるけど、卵子提供の家族について、このビデオを見ている人に対して、どんなことを知って欲しいと思う?

Nick: これを見ている人がどんな人でどんな父親、どんな親かは知らないけど、子供には早く伝えて、大きな問題にはしないこと、そうすれば、子供たちも全然気にしなくなる。自分にとっても、卵子提供で生まれたということはたいした問題ではない。もし今そんなことを言われたら、たぶん面食らってしまうと思う。でも養子と同じことかな。養子の子供が後で知ったとしたら、やっぱり大きなショックを受けるだろうと思う。だからオーブンにすべきだと思う。

Marina: そうね。いつも家ではなしていたわね。奇抜なことにしなければ、子どもも奇抜(weird)なことだとは考えない。

Nick: そうだ、だからそんなに驚かないよ。

Marina: じゃあ、どんなことだと面食らうの?

Nick: わからないけど、例えばバイクを持って行かれたとか、

Marina: 運転免許証とか、そんなことね。

Nick: うん。

Marina: サンキュー、バイ。







by technology0405 | 2017-02-14 16:43 | Materials | Comments(0)

一般に、出自を知る権利は、精子提供や卵子提供など、子どもを育ている親とは別に、遺伝的親が存在する場合に問題になる。このため、養子の子どもにも出自を知る権利がある。国内では、養子の事実は戸籍に記載されるため、出自を知る権利は認められていると考えられる。
 
一方、代理出産では、依頼者自身の精子や卵子、あるいは依頼者がオーダーした精子や卵子が用いられ、代理母と子どもの間に遺伝的関係がないことがほとんどである。このため、出自を知る権利はあまり唱えられてこなかった。しかし、出自を知る権利とは本来、誰が遺伝的父母であるかという事実だけでなく、自らがどのようにして生まれてきたかを知る権利もふくまれているはずである。代理出産で生まれてきた事実の開示や、代理母がどこの誰かを知ることもまた、「出自を知る権利」に包まれるといえるだろう。

近年、エピジェネティクスなど、新しい科学的知見が発表され、胎児は母体から分子レベルで影響を受けていることが知られている。この知見は、代理出産においても、遺伝的真実を知る権利が成立することを示唆する。

エピジェネティクスとは何か。エピジェネティクスが代理出産に与える影響に関して、次のように報告されている。

「動物実験を含めた基礎的研究において、妊娠中の母体から子への物質の移行にともない、移行物質の直接作用及び DNA 配列の変化を伴わない遺伝情報の変化(エピジェネティック変異)により出生後の子の健康状態に影響が及ぶことが示唆されている。特にエピジェネティック変異による影響は、思春期以降に発現する生活習慣病など晩発的なものも少なくないことが指摘されており、長期間にわたる観察が必要な場合が多い」
日本学術会議 2008 『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題−社会的合意に向けて−』

エピジェネティクスにより、胎児は代理母から健康に関わる重大な影響を受けていることが示唆されている。

一般に、子どもの外見や体質などに与える影響においては、精子や卵子といった生殖細胞の役割が決定的に重要であると理解されている。このため、代理出産において代理母は子どもに影響を与えることはなく、代理母はただの入れ物に過ぎないという見解すらある。しかし、事実は全く異なる。妊娠中の女性の過度の飲酒や喫煙(受動喫煙を含む)、薬物摂取などが子どもの健康に有害な影響を与えるということは、従来から広く知られてきた事実である。その経路の説明として、妊娠中の喫煙が、胎児のDNAに変化を与えることも最近の研究によりわかっている。そもそも、妊婦の血液には、胎児由来のDNAが含まれており、出生前診断では、妊婦の血液を調べることにより胎児の障害の確率を調べることもできる。さらには、妊娠出産する女性の遺伝子が胎児に伝わるということもわかってきた。このように、妊婦と胎児は遺伝子レベルでも繋がっているということは、今や常識となっている。

このような観点を踏まえたとき、海外で異なる人種の女性に代理出産を依頼することや、代理出産で生まれてきた子どもの出自を知る権利については、どのように理解できるだろうか。

インドやタイなどで人種が異なる女性に代理出産を依頼したからといって、異人種である代理母の外観が子どもに継承されるというようなことはない。つまり、あくまでも精子や卵子の持ち主の遺伝的特徴が子どもにも継承されることは言うまでもない。

しかし、実際のところ、エピジェネティクスを始めとする分子レベルでの物質の移行が、異なる人種間で生じた際にどのような影響があるのかは、不明である。そもそも、胎児は、遺伝子レベルで代理母の影響をどの程度受けているのか、定量化されてはいない。その影響関係は産みの母親と子どもの間に、数年に渡って生物学的な痕跡として残ると主張する研究者もいる。

いずれにしても、たとえ代理母が、子どもに対し何ら情緒的に結びついていなくとも、代理母と子どもは、物質レベルで結びついているという事実は消し去ることができない。その証拠に、依頼者は代理母の妊娠中の生活環境に対して非常に注意を払っており、そうした依頼者の意向を汲み、クリニックやエージェントでは、代理母のケアを行う専用の施設を用意するなどしている。

このように考えたとき、子どもにとっては、代理出産の事実とともに、産みの母親の情報は単なる情緒レベルを超えて重要だといえる。現時点では明らかにされていない科学的知見が将来、明らかになることによって、産みの母親の情報の重要性が増す可能性もある。現に精子提供で生まれた人々からは、ドナーの人柄を知りたいという要求のほかに、自分の病質を知るために、ドナーの遺伝的背景を知りたいという要求を持つ人もいる。出自を知る権利を認める立場からは、代理出産のケースについても、子どもにはその事実を告げることが必要であるし、産みの親がどこの誰なのかといった個人に関わる情報を子どもに提供することも必要である。

イギリスやオーストラリアなど、国内で代理出産を認めて実施している国では、代理出産で生まれた子どもの親権を依頼者が得る際に、養子縁組や裁判所の命令に依っているために、代理出産の事実や代理母の情報について、公的記録の中に何らかの手がかりが残されてると考えられる。このため、代理出産における出自を知る権利はすでに保障されているとも考えられる。

また、告知する側からみたとき、依頼者の精子と卵子を用いている場合、代理出産の事実を子どもに告知することへの心理的障壁は低い可能性がある。それは、一般に遺伝的関係の方が圧倒的に重要であると考えられていることに由来する。このため、たとえば代理出産の事実を告知していても、その際に提供卵子を用いていることは子どもに隠している親が多いという研究結果もある。つまり、遺伝的関係こそが真実の親子関係であるという文化的規範を親子ともに共有していれば、代理出産の事実を告知したとしても、その事実によって子どもに葛藤が生じる可能性は、(精子や卵子の提供に比べれば)極めて少ない可能性がある。
  
海外で代理出産を利用した場合、DNA検査を行って親子関係を証明して、子どもに母国の国籍を与え、入国させるケースが少なくない。現地の領事館で代理母が同意書にサインする必要もある。このケースでも公的書類上、代理出産の事実について何らかの手がかりが残される可能性が高い。他方、何らかの意図をもって調べなければ代理出産の事実を見つけ出すことは難しいともいえる。一方、依頼者の名前を記載した出生証明書を入手し、それを母国側に提出して手続きを行っているケースもある。代理母の情報が出生証明書にない場合、代理出産の事実はより見えにくくなる。それでも、海外で発行された出生証明書である限り、子どもが海外で生まれたという事実はどこかに残るだろう。代理母がどこの誰なのか、という代理母の個人情報については、クリニックに情報が残されている可能性があるが、時間的経過とともに散逸する可能性もある。契約書に代理母の名前や住所などの記載がなされているケースもあり、これらの情報を手かがりに探索が可能かもしれない。

精子や卵子の提供では、DNA検査という方法が確立されており、たとえドナーが名前を変えたり別の場所に移動していたとしても遺伝的つながりを明らかにすることができる。一方、代理母と子どものつながりを探索する科学的方法はまだ確立されていない。しかし、依頼親が子どものために代理母の情報をキープしておく意図さえあれば、代理母を見つけ出すことは容易である。電話やメール、facebookなどのメディアがあれば国境を超えてコンタクトを保つことは可能である。だが、精子や卵子ドナーの情報は子どもの体質や遺伝的な病気を知るために重要であると考える親がいる一方で、代理母の情報はそれほど重要ではないと考える親もいると考えられ、代理母の情報は大切にされない可能性もある。

もちろん、よりオープンな社会では、子どもが生まれた後も、代理母との交流を好む依頼者もいる。特に、ゲイカップルなどのケースではその傾向が強いようだ。だが一方で、依頼者と人種や、言語、生活環境が異なる異国の代理母の場合は、依頼者との交流が長続きしないケースも多いと考えられる。
 
代理出産のケースでも、配偶子提供の場合と同じように、子どもは代理出産で生まれた事実を知る権利を持つはずである。代理母の情報が生物学的にどの程度、重要であるかは未知の部分もある。たとえ海外で代理出産が行われたとしても、代理母に全く面会しないまま、受精卵を移植し、9ヶ月後に生まれてきた子どもを連れて帰るというケースは少ないはずであるし、またそうであってはならない。子どもの産みに関わった女性を依頼者が大切に扱うことで、子ども自身もまた自分が尊重されていると感じることができるだろう。逆に、異国の貧しい女性に金銭を払うことで妊娠出産の負担を引き受けてもらい、日々の育児に追われる中でその後、何のコンタクトも試みないとすれば、それは依頼者の怠慢である。このようなことは、異国の代理母が捨てられたことを意味するだけでなく、それを知った子どももまた、自分自身が捨てられたように感じるかもしれない。

精子や卵子は凍結したり輸送したり、モノのように扱うことができ、匿名性が高いという特性がある。また、精子は何度でも提供できるため、近親婚を防ぐために提供回数の制限などが必要となってくる。これらは個人で対応することが難しく、公的な機関が統制することが好ましい。一方、代理母の情報は依頼者の意思によって収集することができ、代理母とのコンタクトを保つなどの努力をすることで、子どもの出自を知る権利を確保することが可能である。代理出産で生まれた子どもの出自を知る権利を保障できるかどうかは、依頼者の心がけに依るところも大きい。



日本学術会議 2008 『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題−社会的合意に向けて−』

胎児のDNA、妊婦の喫煙で変化、大規模調査で確認

他人の卵子で妊娠した子どもに、産みの母親の遺伝子が伝わる


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by technology0405 | 2016-04-27 13:01 | Discussion | Comments(0)

先進国では晩婚化・晩産化が進んでおり、加齢を理由とする卵子提供を希望する女性が増加している。日本もその例外ではなく、近年、卵子提供によるものと思われる超高齢出産が急速に増加している。

卵子提供で子どもを妊娠出産する場合、いうまでもなく生まれてくる子どもと妊娠出産する女性とは遺伝上の繋がりがない。卵子提供は、依頼者の卵子を受け入れて妊娠出産する代理出産の逆パターンであるといえる。卵子提供では、遺伝的に異なる女性の卵子を受け入れ、自らの胎内で育て上げ、分娩を行う。その後の子育てにも慣習上、主に女性が関わるケースが多い。卵子提供が母子関係に与えるインパクトは、精子提供の場合よりももっと大きい可能性がある。

育ての親と子どもが遺伝的関係がない場合、そのことが子どもにどのような影響を及ぼすことになるのかを考えるために、養子のケースや精子提供のケースは先行例として参考になる。一方、卵子提供の特殊性もある。それは、遺伝的母親と産みの母親が別個の人間になるという事実である。これまで、養子のように産みの母親と育ての母親が異なる人間となるケースはいくらでも存在したが、子どもの生命の誕生に関わる女性が二人以上存在するという事態はなかった。この事実が母子関係や家族関係、ひいては子どもの自己認識にどれだけ影響を与えることになるのか。現時点では推測にすぎないが、精子提供で生まれた女性による次の発言が参考になる。

「卵子提供や代理出産は、精子提供よりももっと悪いと思う。母親・母性が分離するのは本当によくない。子どもと母親は特別な関係で結びついている。養子の子どもでも、実の父親には興味がなくても産みの母親には興味を持つと思う」
(精子提供で生まれたイギリス人女性,50代)

子どもにとって、母親は(父親とは比べものにならない位)特別な存在であるという。「母性」は子どもにとって自己に絶対的な安心感を与えるべき拠り所であり、「母性」が複数化することは、子どもから心の拠り所を奪い、大きなダメージを与えることだと彼女は主張している。

彼女は精子提供の当事者であるが、卵子提供の当事者ではない。彼女の主張には肯首できる点もあるが、必ずそうなると言い切れるわけでもない。産みの母親が育児に深くコミットすることが当然視される伝統的家族を前提とするなら、そのようなリスクや懸念は確かに存在しうる。しかし、卵子提供は、伝統的家族とは異なる新たな家族を創造するものである。それは例えば、、子どもと遺伝的つながりがある父親の育児参加を促すことができるかもしれない。
 
卵子提供が新たな可能性に開かれている一方で、国内に目を向けたとき、むしろ伝統的家族の中で卵子提供が要請されているという現実にも直面する。以下はウェブサイトの書き込みである。

「最近、夫が本気で卵子提供を受けたいと言い出しました。
でも、私はどうしても厭なんです。何度目かの話し合いで、夫がぽろっと「◯◯も我執を捨てて・・」と言いました。その途端、私は爆発してしまいました。卵子提供などという不自然なことをしてまで、他人の子を産みたくないという私の気持ちが”我執”なら、厭がる妻に卵子提供までさせても自分の子を持ちたいというあなたの気持ちは我執ではないのか!」「夫婦双方の血を引かない”養子”ではなく、あえて妻に無理強いして、卵子提供で自分だけの血を引く子を得ようとする気持ちは”我執”ではないのか?」と。治療の過程で、仕事を辞めてしまったことも悔やまれます。本当に悔しいです」
(babycomより引用、一部筆者改変)

家族のプレッシャーにより押し付けられた卵子提供によって女性が納得しないまま子どもを産んだとき、その後、母子関係に暗い影を落とすことに繋がりかねない。女性は卵子提供(や精子提供)の結果を自身の身体で引き受ける当事者であるため、女性による真に自発的な同意が不可欠である。 

だがしかし、この技術の最大のジレンマは、最も主要な当事者である子どもの同意をとることができないことである。卵子提供による妊娠出産が世界で初めて行われたのは1983年のことであり、最年長の子どもは現在、30歳を超えている。しかし、現在、出自を知る権利を求めて声を挙げている人々の多くが、精子提供で生まれた人々であり、卵子提供で生まれた人の声はまだほとんど聞こえてこない。

卵子提供の事実を子どもにも周囲にもオープンにしていると話すオーストラリア在住の女性は、次のように述べる。

「38歳で結婚した。アメリカの女優とか見ていて40歳以上で子どもを産んでいる人もたくさんいたので、自分も問題なく妊娠できると思っていた。本当は彼女たちは卵子提供を使っていたのだということを知らなかった。それで、妊娠したいと思ったときに妊娠せず、IVFを受けることになった。何度も何度もやった。しかし、結局自分の卵子での妊娠を諦めることになった。卵子ドナーを探しまわった。夫の元婚約者に双子の姉妹がいた。彼女がすぐに「いいよ」といってくれた。自分としては時間もなかったので、すぐに受け入れた。運良く、すぐに妊娠した。次の時は凍結保存してあったものを移植した。その時もすぐに妊娠した」
 (卵子提供で二人の子どもをもったオーストラリア在住の女性、50代)
 
自分の卵子での妊娠を諦めるのが辛かったこと、しかし前向きに卵子提供を受け入れたことが伺える。

「自分は子どもが2-3歳で座れるようになってから本(Sometimes it takes three to make a baby)を読み聞かせていた。長男は、最近、精子と卵子はどうやって一緒になるのかと聞いてきた。それで自分は「医師がやる」と答えた。その絵本は子どもたちのお気に入りで何度も何度も読み聞かせた。子どもたちはまだ明確に遺伝的つながりの意味を理解していないようだ。しかしほかにdonor siblingsが存在すること(※ドナー自身にも子どもがおり、その子どもたちと血が繋がっていること)に気がついている。しかし、今は別の遊びに関心があり、このことにはそれほど関心がない。高校生くらいになって生物学を学べばはっきりと理解するようになると思う」
 (卵子提供で二人の子どもをもったオーストラリア人女性、50代)

彼女は、卵子提供のことを決して隠し立てせず、周囲の人々にも子どもに対してもオープンに徹している。ドナーの家族とも行き来がある。彼女の子どもの一人にはアレルギーがあるため、ドナーに体質を尋ねることもあるという。親にとってもドナーが知っている人であれば安心感がある。子どもの遺伝的なバックグラウンドを知ることは親にとっても有益であり、必要があればいつでもコンタクトを取れるドナーを探すことが好ましいと考えている。

彼女は、子どもがまだほんの幼い頃から絵本を用いて何度も読み聞かせた。子どももその絵本を気に入っているということは、子どもたちがポジティブに受け止めた証拠であるといえるだろう。しかし、まだまだ無邪気な年齢である。告知は、子ども理解度に応じて何度も繰り返し行っていくことが必要になる。その過程で、男女の関係からではなく、体外受精という技術を用いて生まれたこと、そして、卵子は母親のものではなく、顔見知りの女性のものであることの意味を子どもがはっきりと認識したとき、改めてショックを受けたり傷ついたりする可能性がないとはいえない。しかしたとえそうであっても、幼い頃から何度も聞かされてきたストーリーであるために、突然知らされた場合に比べてその負の影響は緩衝されるはずである。

だが、親の側が最大限の誠意をもって接したとしても、子どもが自らの出自を受けとめることができず、思春期以降、親を責めるというような場面に遭遇する可能性もある。そうした可能性があることは、考えておかなければならないことである。

精子提供で生まれた子どもで、理不尽な状況の中で突然に知らされたというような場合、親、とりわけ母親を責めるという気持ちが生じるようだ。他方、父親は「遺伝的には他人」であるために同情の対象ではあっても不満の矛先には選ばれにくいという現象も見られる。卵子提供の場合はどうだろうか。卵子提供では、母親は、「遺伝的にも生物学的にも100%の母親」ではないために、母子関係に距離が生じることになり、子どもが安心して自我をぶつけることができないという現象が生じるかもしれない。しかしこれは、悪いことばかりではない。多くの家庭で母子関係が密着しすぎることの弊害が指摘されており、適度な距離感は母子関係を良好なものに導く可能性もあるからである。精子提供や卵子提供が子どもにとって持つ意味は、子どもの性別によって異なる可能性がある。

昨今、成人した当事者の助言に従い、精子提供や卵子提供の事実をできるだけ早い時期から子どもに告知することが推奨されている。告知を決意した親は、こうした声に誠実に向き合っていると評価できる。しかし、一方では、告知され、内心ショックを受けたことを親に隠す子どももいる。この場合、子どもの存在論的な不安は、より内向していくことになる。大人から見て、子どもが受け止めたように見えていたとしても、実際はそうではないかもしれない。成人した当事者や専門家の助言に従い、勇気をもって告知したからといって全てが解決し、うまくいくとは限らない可能性も考えてみるべきである。

精子提供で生まれた世界各国の当事者たちが声を挙げており、この技術が、子どもから見て、どのような問題点があるか、徐々に見えてきている。彼らの主張には、ある種の普遍性が認められる。一方、卵子提供は精子提供とは異なる面があり、卵子提供で生まれた当事者の経験は明らかになっていない。いずれにしても、自然妊娠で子どもを持つ場合に比べて、精子提供や卵子提供、そして代理出産には伝統的なモデルがない分、異端視されており、周囲の人々が偏見を持っているという事実が、当事者にとって一層リスクを高めている。人々によく知られていない方法によって子どもを持つことは、社会実験的な要素を不可避的に持つことになる。そして、その負担や結果を引き受けることになるのは、生まれてくる子どもである可能性が高いことも、親としては考えておかなければばならないことである。


※)この記事の一部は、「厚生労働省平成26年度児童福祉問題調査研究事業  諸外国の生殖補助医療における出自を知る権利の取扱いに関する研究」によるものです。


厚生労働省 年齢階級別分娩件数

Babycom

Sometimes it takes three to make a baby


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by technology0405 | 2016-04-19 13:38 | Discussion | Comments(0)
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