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子宮移植の倫理的問題





2014年9月、スウェーデンで行われた子宮移植により初めての出産に至った。
これにより、子宮性不妊の女性が、子宮移植を受けて子どもを産むということが急速に現実味を帯び始め、国内でも注目されるようになってきている。
現在、日本の複数の施設で臨床研究が行われる計画が立てられている。子宮移植は、子宮がなく子どもを自分で産むことがこれまで叶わなかった女性たちにとって、「福音」になるとされている。
 子宮移植は、臓器移植と生殖補助医療の双方に関わる技術であるが、子の誕生を目的としたもので、生命の存続に直接関わるものではない。つまり、こうした技術が成り立つ前提として、生殖を是とする社会がある。そこでは、子どもを産むことが女性にとって望ましいという社会的な力が働いているということである。
  子宮移植によって子を産むことは生命維持には直接関わりのない技術であるが、顔面移植などQOLを改善するための移植は、既に行われてきている。子宮は、出産時、摘出されることが想定されているため、恒久的なものではなく、一時的な措置であるが、そのプロセスは極めて侵襲的でリスが高く、移植時には、ドナー、及びレシピエントへは、合計で十数時間もの大手術を有する。たとえ移植が成功したとしても、体外受精を経て妊娠出産に至るまでの負担やプレッシャーは非常に大きなものとなる。
 子宮移植以外に、子を得る方法として養子縁組や代理出産がある。ここでは、血縁がある子どもを得る、という点で代理出産との類似性や相違点に注目する。代理出産のメリットはカップルの受精卵を代理母の子宮に移植することで、カップルと血の繋がった子どもを得ることができるということである。他方、他人の身体を介在させることによって引き起こされるさまざまな倫理的問題がある。経済格差を背景に商業化される懸念も非常に大きい。
 他方、子宮移植のメリットは、血縁がある子どもを得ることができるだけでなく、子を望む女性自身の身体を用いての妊娠出産が可能になることである。妊娠出産のリスクを他人に押し付けるのではなく、子を望む女性自身が負うことにより、代理出産において指摘されるような倫理的問題を回避することができる。そして何より、自分で妊娠することにより、妊娠中の日常生活を自分で管理できる。
 自分で妊娠出産できること、というのが代理出産に比べ、子宮移植のメリットになるが、移植された子宮を用いての妊娠出産は、従来の妊娠出産過程とは全く異なるものになる。
 ここでは、レシピエントの経験に焦点をあてたい(詳細は論文化したいのでここでは簡潔に述べる)。移植手術から免疫抑制、体外受精、その後の妊娠出産に至るまで、一般的な妊娠出産とはおよそ異なるプロセスが展開されることになる。妊娠中、生命に関わる不具合が生じれば、移植された子宮を胎児ごと摘出しなければならない可能性もある。その喪失感は当人が被るリスクとして無視ではない。そして、何より、子宮移植は治療ではなく、臨床研究である。実験的な医療ということであり、万全の医療体制が敷かれ、すべてが医療の監視下に置かれることになる。その結果、女性や家族のプライバシーが医療者に対して晒され、大きなストレスになる可能性もある。たとえ無事、出産に至ったとしても、それまでのレシピエントの負担は、自然妊娠出産の場合とは比較にならないほど大きい。
 さらに、移植される子宮には神経は繋がっておらず、胎動など胎児の成長を、子宮を通した感覚として捉えることはできない。出産時も、陣痛は生じず、帝王切開となる。つまり、通常の妊娠出産とは全く異なり、産む女性が、「母性」を育むとされる契機が欠けているのである
 一般に、医療の発展や技術革新は人々に新しい選択肢を与え、それは好ましいことだと歓迎される。子宮移植に限らず、日々、新しい技術の開発競争が行われ、技術を提供する側の主導で開発がなされがちである。その結果、当事者のニーズとは懸け離れたものとなる恐れもある。リスクを負うのは、被験者となる人々である。こうした点を考慮し、ドナーとレシピエントが真に納得し自己決定を行うことができるよう、必要な情報提供を行うことが必要である。子宮移植以外の選択肢が必ず検討されるべきである。どのような結果が招来されても受け入れることができるようケアの専門家が関与していくことが不可欠であると思われる。
 



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by technology0405 | 2017-12-03 10:21 | Discussion | Comments(0)


スウェーデンやスイス、オーストリア、イギリス、オーストラリアなどでは、配偶子提供で生まれた人々に出自を知る権利を認め、これを保障するための法制度化を行っている。
これらの国々では一般に、ドナーの個人情報を国が管理し、子どもが一定の年齢に達して開示請求を行えば、情報を開示するというシステムを採用している。必要に応じて、カウンセリングが提供されることもある。
国が情報を一元的に管理することで情報の正確性や機密性を担保することができる。
しかし、次のような問題も抱えている。
1)親による告知を前提としている(親が子どもに提供の事実を伝えていなければ子どもは開示請求を行うことができない)
2)親がドナーを知ることはできない(一般に、子どもへ開示されるまで親は知ることができない)
3)家族のプライバシーに国が介入する(国にコスト負担が生じ、また漏洩なとのリスクもある)
4)ドナー情報が長期にわたって更新されない(提供してから開示されるまでの間に長期にわたる空白期間がある)

 国による管理体制は、ドナーとレシピエントの利害関係の対立や家族関係の複雑化、また、近親婚の懸念を取り除くことや、優生思想や商業化を避けるために考案されたものであると思われるが、旧時代のものとなりつつある。
 出自を知る権利を変えつつあるのが、遺伝子検査国境を超えた生殖医療の浸透である。

 昨今、遺伝子検査の普及や情報検索技術の高度化により、提供の事実やドナーは誰であるかなどが偶発的に露見するリスクが高まっている。つまりは国がドナー情報を保管して一定期間、秘匿しておく意義が失われつつある。
 オーストラリアのビクトリア州では2017年から、匿名時代に行われたものも含めて、すべてのドナー情報が例外なく開示されることになった。これは、配偶子提供によって生まれた人々の要望に答えたものだが、こうした施策が採用された背景には、遺伝子検査の浸透により、「ドナー情報は公開されたも同然の状況にある」という認識である。
 23 and Meは、Googleが出資しているアメリカの大手DNA解析会社である。100ドル程度で受けられる。DNAを送付すれば、病気のリスクだけでなく、祖先の過去のストーリーや血縁関係も表示される。例えば「23 and Meで検査済みのいとこが73人いるようです」などと表示される。そして互いに希望すれば相手と交流することもできる。このような検査を用いて偶然、育ての親とは遺伝的に繋がっていないことを知ったり、ドナーからの半きょうだいに出会う人も実際に存在している。
 親による告知や情報開示請求といった手続きは、知らないことを前提として組み立てられた制度である。しかし、こうした現状を鑑みれば、これからは知ることを前提として法制度を組み立てていく必要があるということである。

 また昨今、海外で配偶子提供が容易に受けられるようになり、国境を超えた生殖医療は身近にものとなっている。こうした動きは、国による管理体制によっては完全に補足できない(国内のドナー不足を解消し、海外での実施を抑制するため、イギリスやオーストラリアでは、配偶子の輸入が行われている。輸入元は主に米国であり、非匿名のドナーの配偶子だけが輸入されている。このように国内での実施を推奨する努力も行われているが、海外居住のドナーの追跡は事務コストがかかるうえ、限界もある。)
 一方、海外の市場においても、必ずしも匿名ドナーが好まれる時代ではない。米国では生殖補助医療に市場原理が取り込まれており、顧客の満足度が重視されている。依頼親のニーズに応じてドナーを選択でき、匿名のドナーだけでなく、コンタクトが可能なドナーも登録されている。シングルや同性カップルなどがこうした非匿名ドナーを積極的に利用しており、配偶子提供は、必ずしも匿名が前提という時代ではなくなっている。
 さらに、レシピエントとドナーを直接結びつけるサイトも出現している。さまざまな国籍や居住地の人々が登録しており、一定の利用料を支払えば、互いのプロフィールを閲覧でき、連絡を取ることもできる。こうした形で利用される限り、配偶子提供において互いに匿名でいることはもはや重要視されていない。このような直接取引には、当然ながらリスクも存在する。しかし、エージェントへの報酬が発生しないことや自分で気に入ったドナーを選択できること、またドナーがレシピエントを選ぶこともできるなど、自由度が高い。
 自分の目でドナーを確認して互いに信頼できる人物であることを確認してからプロセスに進むというなかで、過度の優生思想が入り込むリスクはより少なくなるのではないだろうか。また、将来子どもへ告知することが前提であれば、過度に商業的な形で利用されることも抑制されるだろう。
 そして、外国に住むドナーなどの場合でも、その気になればSNSを通してコンタクトをとりつづけることはいくらでも可能である。
 取り合いのドナーから卵子提供を受けて母親になったオーストラリア在住の女性は「知り合いのドナーはいいことばっかりだ」と述べる。子どもの体質のことなどいつでも相談できるし、ドナー家族とも行き来するなかで子どもへの告知も自然に進んでいるという。
 上記のような現状を鑑みると、ドナー情報を国に預けて一定期間匿名でおいておく必要性は必ずしもなくなってきているのではないだろうか。こうした制度は、一定の合理性があったが、提供の事実や家族の外にドナーが存在していることを隠しておきたいというスティグマが存在していた時代の残滓ではないだろうか。
 国による情報管理には、近親婚の防止という目的も掲げられている。精子提供などのように一人で何度も繰り返し提供すれば、近親婚のリスクが増す。しかし、近親婚を防ぐために役所に事実関係を照会することが必要であり、そのためには、子どもは配偶子提供の事実を知らされている必要がある。しかし、事実を知らされていれば、相手に確認することや遺伝子検査を行うことで済む。
 第三者の配偶子や胚を用いて子どもを得たとしても、それはもはや特別なことではなくなってきている。すべての局面において国が管理し介入することは難しいし、現実的ではない。最終的には親自身への啓発が最も重要な要素となる。社会がそうした家族のあり様を認めることも同様に重要である。社会と人々の意識が変われば、我々はもっと別の形の制度設計を構想することができるだろう。
 



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by technology0405 | 2017-12-01 11:28 | Discussion | Comments(0)


2016年9月、米国の医療チームがメキシコでミトコンドリア提供を伴う体外受精を行い、子どもが誕生したことが報じられた。依頼親はミトコンドリア病が子どもに遺伝するのを予防する目的でこの技術を利用したとされる。米国ではこの技術が容認されていないため、規制がないメキシコで行われたという。
 これに先立つ2015年2月、英国がミトコンドリア提供の臨床応用を容認することを決定したことが報じられていたが、米国の医療チームが臨床第1号を誕生させたという点で、英国に一歩先んじたことになる。
 ミトコンドリア提供には二つの方法が知られている。一つは卵子間核移植(Maternal Spibdle Transfer: MST)と呼ばれ、健康な女性から卵子の提供を受け、除核したドナー卵子に、依頼者の卵子核を移植する。もう一つは前核期核移植(Pronuclear Transfer:PT)と呼ばれ、提供された健康な受精卵から核を取り除き、依頼者の受精卵の核を移植する。いずれも提供された卵子や受精卵を必要とする技術であり、倫理的問題がある。特に、PT法は、受精卵を用い、これを破壊するものであるという見地から、宗教関係者からの批判や反対も根強い。
 英国のHFEAによれば、ミトコンドリア提供は、重篤なミトコンドリア病の危険性がある場合にのみ臨床応用が認可される。ミトコンドリア病は母親の卵細胞質にあるミトコンドリアDNAにある変異が子どもに遺伝することで発病する。そのため、卵細胞質を健康なミトコンドリアに置換することにより、子世代におけるミトコンドリア病の発症を防ぐ目的で実施される。依頼者の卵子または受精卵の核を吸引して取り除き、ドナーの卵子または受精卵に挿入するという、繊細な手技を必要とする技術である。この過程で、依頼者の核DNAに付着したごく少量のミトコンドリアDNAが混入することは避けられない。混入の範囲は、2-4%以内であるとされているが、異常なミトコンドリアDNAが世代を経て増殖する可能性もある。ミトコンドリア DNAは母系遺伝するため、核置換を施された受精卵が男児であれば、理論的には次世代への連鎖を止めることができるが、HFEAではそのための受精卵の選択を認めていない。
 この技術を用いた場合、ミトコンドリアDNAについてはドナー由来である。つまり、カップル以外の第三者のDNAが子どもに引き継がれることになる。このため、子どもは3人の親を持つと表現されることもある。第三者のDNAが混入することは事実だが、その程度は全DNAの0.054%を占めるに過ぎないという計算もある。ミトコンドリアDNAが子どもの形質に与える影響はほぼ皆無であると考えられている。とはいえ、第三者のDNAが混入することは事実であり、生まれてくる子どもがこの科学的事実をどのように捉えるかは全く分からない。英国では、精子提供や卵子提供に関して、ドナーの個人を特定する情報(名前や住所)を知る権利を子どもに認めているが、ミトコンドリア提供の場合は、ドナー個人を特定しない情報(髪や皮膚の色)の開示しか認めない方針を示している。
 生殖細胞に対する遺伝子改変を伴う技術は、未知のリスクがあるといわれている。第三者のミトコンドリアが混入することで、それらが世代交代を経てどのような動態を示すことになるのか、全くわかっていないからである。霊長類など動物を使った実験でも何世代も経た効果は検証されていない段階で、ヒトでの応用に踏み切ったのは、ミトコンドリア病を持つ当事者からの要請が強く働いた結果というよりは、科学者コミュニティの中での技術開発競争の結果といえるかもしれない。最近、中国の研究チームが受精卵に対する遺伝子操作を行ったことが報じられ、生殖細胞への遺伝子操作をともなう研究開発競争はますます過熱している。ミトコンドリア提供のヒトでの効果やその影響は、「やってみないとわからない」というまさに実験段階であり、その帰結は生まれてくる子どもが全て負うことになる。  
 ところで、ミトコンドリア提供は、核置換技術とも呼ばれ、卵子の若返り術としても知られている。日本は年間40万サイクルもの体外受精が行われる不妊治療大国であり、女性患者が40歳以上の割合が約43%と高齢化が著しい。近年、超高齢出産が年々増加しており、海外での卵子提供によると推測され、その数は少なくとも年間数百件を超えている。卵子提供は、加齢不妊に対する有効性が高く、この方法を選択する女性が増えているとはいえ、第三者からの提供卵子を用いた場合、依頼女性と子どもとの間に遺伝的繋がりがなく、その事実が、卵子提供利用の抑制因子になってきたと考えられる。
 日本だけではなく、先進国では一般に加齢不妊の問題が深刻度を増しており、核DNAの情報を100%子どもに引き継がせることができるミトコンドリア提供は、当事者にとって魅力的であると思われる。英国では、加齢卵子に対し核置換技術を行うことは、認めていない。しかしそれでも、すでに規制を逃れメキシコでこの技術が行われたことを考えれば、既存の生殖ツーリズムのオプションの一つとして核置換技術を導入することは決して難しいことではない。(日本では「特定胚の取り扱いに関する指針」[文部科学省・H13]および「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」[厚生労働省・H15]により、核置換技術は容認されていないと解される)
 核置換技術を禁止する規制を持たない新興国のような地域に、資金を贅沢に持つ先進国から設備投資を行い、先進国から技術者を送り込む。提供卵子や提供受精卵は、当該国で調達することも可能かもしれないし、国外から輸入も可能である。近年、未受精卵の凍結技術が確立されてから、卵子バンクから世界中へ凍結卵子が輸送され、使用されている。核置換技術が通常の卵子提供と異なる点は、ドナーの人種や国籍を考慮する必要がないことである。核置換のために提供される卵子や受精卵は、資源(モノ)として利用可能である。つまり、核置換技術は、より生殖ツーリズムに適合的なのである。
 この技術の安全性や有効性が一定程度担保されれば、加齢への適用が一気に現実味を帯びてくる。そのとき、提供卵子または余剰胚に対するニーズは一挙に加速することが予想される。それにもかかわらず、当該技術が開発された先進諸国で抑制的な運用がなされるとき、卵子提供・代理出産ツーリズムと同じ現象が反復され、世界中に広がることが懸念される。その結果、遺伝子改変が世代を超えてもたらす未知のリスクは、国境を超えて人類全体に波及していくだろう。


Key words: mitochondrial donation, three parent's IVF, germline gene modification, nuclear replacement, maternal spindle transfer, pronuclear transfer,

ミトコンドリア病 Link

世界初、3人のDNA持つ赤ちゃん誕生 米チームがメキシコで成功 

英国がミトコンドリア提供の臨床応用を決定 Link Link


周産期医療に携わる医師の超高齢出産と第三者生殖技術に対する意識調査 Link


HFEA (Human Fertilization and Embryo Authority) Link



2016 (c) Yuri Hibino



by technology0405 | 2016-10-08 13:44 | Discussion | Comments(0)

一般に、出自を知る権利は、精子提供や卵子提供など、子どもを育ている親とは別に、遺伝的親が存在する場合に問題になる。このため、養子の子どもにも出自を知る権利がある。国内では、養子の事実は戸籍に記載されるため、出自を知る権利は認められていると考えられる。
 
一方、代理出産では、依頼者自身の精子や卵子、あるいは依頼者がオーダーした精子や卵子が用いられ、代理母と子どもの間に遺伝的関係がないことがほとんどである。このため、出自を知る権利はあまり唱えられてこなかった。しかし、出自を知る権利とは本来、誰が遺伝的父母であるかという事実だけでなく、自らがどのようにして生まれてきたかを知る権利もふくまれているはずである。代理出産で生まれてきた事実の開示や、代理母がどこの誰かを知ることもまた、「出自を知る権利」に包まれるといえるだろう。

近年、エピジェネティクスなど、新しい科学的知見が発表され、胎児は母体から分子レベルで影響を受けていることが知られている。この知見は、代理出産においても、遺伝的真実を知る権利が成立することを示唆する。

エピジェネティクスとは何か。エピジェネティクスが代理出産に与える影響に関して、次のように報告されている。

「動物実験を含めた基礎的研究において、妊娠中の母体から子への物質の移行にともない、移行物質の直接作用及び DNA 配列の変化を伴わない遺伝情報の変化(エピジェネティック変異)により出生後の子の健康状態に影響が及ぶことが示唆されている。特にエピジェネティック変異による影響は、思春期以降に発現する生活習慣病など晩発的なものも少なくないことが指摘されており、長期間にわたる観察が必要な場合が多い」
日本学術会議 2008 『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題−社会的合意に向けて−』

エピジェネティクスにより、胎児は代理母から健康に関わる重大な影響を受けていることが示唆されている。

一般に、子どもの外見や体質などに与える影響においては、精子や卵子といった生殖細胞の役割が決定的に重要であると理解されている。このため、代理出産において代理母は子どもに影響を与えることはなく、代理母はただの入れ物に過ぎないという見解すらある。しかし、事実は全く異なる。妊娠中の女性の過度の飲酒や喫煙(受動喫煙を含む)、薬物摂取などが子どもの健康に有害な影響を与えるということは、従来から広く知られてきた事実である。その経路の説明として、妊娠中の喫煙が、胎児のDNAに変化を与えることも最近の研究によりわかっている。そもそも、妊婦の血液には、胎児由来のDNAが含まれており、出生前診断では、妊婦の血液を調べることにより胎児の障害の確率を調べることもできる。さらには、妊娠出産する女性の遺伝子が胎児に伝わるということもわかってきた。このように、妊婦と胎児は遺伝子レベルでも繋がっているということは、今や常識となっている。

このような観点を踏まえたとき、海外で異なる人種の女性に代理出産を依頼することや、代理出産で生まれてきた子どもの出自を知る権利については、どのように理解できるだろうか。

インドやタイなどで人種が異なる女性に代理出産を依頼したからといって、異人種である代理母の外観が子どもに継承されるというようなことはない。つまり、あくまでも精子や卵子の持ち主の遺伝的特徴が子どもにも継承されることは言うまでもない。

しかし、実際のところ、エピジェネティクスを始めとする分子レベルでの物質の移行が、異なる人種間で生じた際にどのような影響があるのかは、不明である。そもそも、胎児は、遺伝子レベルで代理母の影響をどの程度受けているのか、定量化されてはいない。その影響関係は産みの母親と子どもの間に、数年に渡って生物学的な痕跡として残ると主張する研究者もいる。

いずれにしても、たとえ代理母が、子どもに対し何ら情緒的に結びついていなくとも、代理母と子どもは、物質レベルで結びついているという事実は消し去ることができない。その証拠に、依頼者は代理母の妊娠中の生活環境に対して非常に注意を払っており、そうした依頼者の意向を汲み、クリニックやエージェントでは、代理母のケアを行う専用の施設を用意するなどしている。

このように考えたとき、子どもにとっては、代理出産の事実とともに、産みの母親の情報は単なる情緒レベルを超えて重要だといえる。現時点では明らかにされていない科学的知見が将来、明らかになることによって、産みの母親の情報の重要性が増す可能性もある。現に精子提供で生まれた人々からは、ドナーの人柄を知りたいという要求のほかに、自分の病質を知るために、ドナーの遺伝的背景を知りたいという要求を持つ人もいる。出自を知る権利を認める立場からは、代理出産のケースについても、子どもにはその事実を告げることが必要であるし、産みの親がどこの誰なのかといった個人に関わる情報を子どもに提供することも必要である。

イギリスやオーストラリアなど、国内で代理出産を認めて実施している国では、代理出産で生まれた子どもの親権を依頼者が得る際に、養子縁組や裁判所の命令に依っているために、代理出産の事実や代理母の情報について、公的記録の中に何らかの手がかりが残されてると考えられる。このため、代理出産における出自を知る権利はすでに保障されているとも考えられる。

また、告知する側からみたとき、依頼者の精子と卵子を用いている場合、代理出産の事実を子どもに告知することへの心理的障壁は低い可能性がある。それは、一般に遺伝的関係の方が圧倒的に重要であると考えられていることに由来する。このため、たとえば代理出産の事実を告知していても、その際に提供卵子を用いていることは子どもに隠している親が多いという研究結果もある。つまり、遺伝的関係こそが真実の親子関係であるという文化的規範を親子ともに共有していれば、代理出産の事実を告知したとしても、その事実によって子どもに葛藤が生じる可能性は、(精子や卵子の提供に比べれば)極めて少ない可能性がある。
  
海外で代理出産を利用した場合、DNA検査を行って親子関係を証明して、子どもに母国の国籍を与え、入国させるケースが少なくない。現地の領事館で代理母が同意書にサインする必要もある。このケースでも公的書類上、代理出産の事実について何らかの手がかりが残される可能性が高い。他方、何らかの意図をもって調べなければ代理出産の事実を見つけ出すことは難しいともいえる。一方、依頼者の名前を記載した出生証明書を入手し、それを母国側に提出して手続きを行っているケースもある。代理母の情報が出生証明書にない場合、代理出産の事実はより見えにくくなる。それでも、海外で発行された出生証明書である限り、子どもが海外で生まれたという事実はどこかに残るだろう。代理母がどこの誰なのか、という代理母の個人情報については、クリニックに情報が残されている可能性があるが、時間的経過とともに散逸する可能性もある。契約書に代理母の名前や住所などの記載がなされているケースもあり、これらの情報を手かがりに探索が可能かもしれない。

精子や卵子の提供では、DNA検査という方法が確立されており、たとえドナーが名前を変えたり別の場所に移動していたとしても遺伝的つながりを明らかにすることができる。一方、代理母と子どものつながりを探索する科学的方法はまだ確立されていない。しかし、依頼親が子どものために代理母の情報をキープしておく意図さえあれば、代理母を見つけ出すことは容易である。電話やメール、facebookなどのメディアがあれば国境を超えてコンタクトを保つことは可能である。だが、精子や卵子ドナーの情報は子どもの体質や遺伝的な病気を知るために重要であると考える親がいる一方で、代理母の情報はそれほど重要ではないと考える親もいると考えられ、代理母の情報は大切にされない可能性もある。

もちろん、よりオープンな社会では、子どもが生まれた後も、代理母との交流を好む依頼者もいる。特に、ゲイカップルなどのケースではその傾向が強いようだ。だが一方で、依頼者と人種や、言語、生活環境が異なる異国の代理母の場合は、依頼者との交流が長続きしないケースも多いと考えられる。
 
代理出産のケースでも、配偶子提供の場合と同じように、子どもは代理出産で生まれた事実を知る権利を持つはずである。代理母の情報が生物学的にどの程度、重要であるかは未知の部分もある。たとえ海外で代理出産が行われたとしても、代理母に全く面会しないまま、受精卵を移植し、9ヶ月後に生まれてきた子どもを連れて帰るというケースは少ないはずであるし、またそうであってはならない。子どもの産みに関わった女性を依頼者が大切に扱うことで、子ども自身もまた自分が尊重されていると感じることができるだろう。逆に、異国の貧しい女性に金銭を払うことで妊娠出産の負担を引き受けてもらい、日々の育児に追われる中でその後、何のコンタクトも試みないとすれば、それは依頼者の怠慢である。このようなことは、異国の代理母が捨てられたことを意味するだけでなく、それを知った子どももまた、自分自身が捨てられたように感じるかもしれない。

精子や卵子は凍結したり輸送したり、モノのように扱うことができ、匿名性が高いという特性がある。また、精子は何度でも提供できるため、近親婚を防ぐために提供回数の制限などが必要となってくる。これらは個人で対応することが難しく、公的な機関が統制することが好ましい。一方、代理母の情報は依頼者の意思によって収集することができ、代理母とのコンタクトを保つなどの努力をすることで、子どもの出自を知る権利を確保することが可能である。代理出産で生まれた子どもの出自を知る権利を保障できるかどうかは、依頼者の心がけに依るところも大きい。



日本学術会議 2008 『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題−社会的合意に向けて−』

胎児のDNA、妊婦の喫煙で変化、大規模調査で確認

他人の卵子で妊娠した子どもに、産みの母親の遺伝子が伝わる


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by technology0405 | 2016-04-27 13:01 | Discussion | Comments(0)

イギリスのケンブリッジ大学のCentre for Family ResearchのGolombok教授(心理学)らの研究グループでは、配偶子提供や代理出産で家族をもった親子の追跡調査を行っている。2014年までに10年間の追跡を実施しており、調査報告も蓄積されてきている。

これまでの調査結果では、卵子提供や代理出産で家族をつくった親の子どもとの関わりや子どもの発達の点で、自然妊娠の場合と比べて大きな問題があるという証拠は見つかっていない。こうした家族についての追跡調査は世界的にもまれであるため、貴重な成果であるといえるが、症例数が少ないために、統計結果を一般化することが難しいという問題もある。また、このような調査研究にはバイアスがつきものである。その一つに、調査に協力的な家族はもともとうまく機能している家族であるといえる、自己選択バイアスが挙げられるだろう。

量的調査では、全般的な傾向を掴むことはできるが、親と子どもの相互作用は、個別性が高く、個別事例に即した考察が不可欠である。個別の事例に即して、卵子提供や代理出産の家族にはどのような課題があり、どのような支援が必要かを明らかにすることが必要である。このため、インタビューなどの質的調査も積極的に行われることが必要だと考えるが、子どもに告知していない親もいるため、調査方法という点で難しい問題を抱えているのかもしれない。

最も告知される可能性が高いのが代理出産で、ケンブリッジ大学の調査ではほぼ全ての親が子ども告げていた。次に卵子提供であり、精子提供は最も秘密にされているという興味深い結果が得られている。遺伝的つながりがないという事実を子どもに告げることはより困難が伴うようだ。ただ、告知した方が、親の心理的適応状態に良い影響を与えることが示唆されている。自然妊娠の場合と生殖補助医療を利用した場合を比べて、心理的指標の上で、子どもの発達に何か大きな問題があるわけではない。

これらの追跡調査では、子どもは10歳前後であり、子どもたち自身は十分に語っていない。告知されていない子どもに対し、配偶子提供や代理出産で生まれたことをどのように捉えているかを問うことはできないが、告知された子どもたちが、それをどのように捉えているかを問うことは可能である。ケンブリッジ大学の調査では、代理出産で生まれた子どもたちは、そのことをよく理解し、受け止めているという。一方、精子提供や卵子提供で生まれ、告知された子どもたちはその事実をどのように受け止めているのか。センシティブなテーマであるが、子ども自身の捉え方が明らかになることで、この技術の可能性と限界が見えてくるのではないか。


2014 Parent psychological adjustment, donor conception and disclosure: a follow-up over 10 years.
子どもが1歳、2歳、3歳、7歳の時の精子提供と卵子提供の親子を追跡した。10歳までに精子提供による親子は34組、卵子提供による親子は30組であった。子どもへの告知の有無は、親の最良の心理的適応と関係していなかった。


2013 Children born through reproductive donation: a longitudinal study of psychological adjustment.
代理出産による親子30組、卵子提供による親子31組、精子提供による家族35組、自然妊娠による家族53組を比較。親の子育ての質、不安や鬱、結婚の質、子どもの適応状態や3歳、7歳、10歳時に質問紙により評価。子どものスコアに異常は見られなかったものの、代理出産による子どもは7歳時に配偶子提供による子どもと比べ、適応に困難が見られた。子どもに事実を告げていない母親の鬱レベルは高かった。一方、母親の鬱レベルは事実を知らされている子どもに対するよりも強くネガティブな影響を及ぼしていた。母親と遺伝的つながりがないよりも、生物学的つながりがないほうが子どもに対し問題を生じるかもしれないと結論づけている。


2012 Surrogacy families 10 years on: relationship with the surrogate, decisions over disclosure and children's understanding of their surrogacy origins.
子どもが1歳時に代理出産による親子42組(うち19組はgenetic surrogacy)に研究参加を得、うち33組から10年後も協力を得た。依頼者と代理母のコンタクトは時間とともに低下していた。とくに、第三者を介した紹介で代理母の卵子を用いたケースでその傾向が顕著であった。ほとんどの家族は代理母と良好な関係を築いていた。子どもが10歳時、代理出産の事実を告げられていた子どもはそのことについてよく理解しており、14人中、13人の子どもが代理母のことを好きだと答えた。


2011 Secrecy, disclosure and everything in-between: decisions of parents of children conceived by donor insemination, egg donation and surrogacy.
子どもが7歳時、精子提供による親子36組、卵子提供による家族32組、代理出産による家族33組を比較。
子どもにはオープンにすることが望ましいとされているものの、卵子提供で生まれた子どもの半分近く、精子提供で生まれた子どもの3/4の子どもが、事実を知らされていなかった。他方、代理出産で生まれた子どものほとんど全員が、そのことを両親から知らされていた。だが、子どもに告げないと決めた親の大半が誰か他の人間にそのことを告げていた(つまり、子どもは両親ではなく誰か他の大人からその事実わ知らされるというリスクがある)。


2011 Families created through surrogacy: mother-child relationships and children's psychological adjustment at age 7.
子どもが7歳時点での自然妊娠の親子54組、卵子提供による親子32組、代理出産による親子32組を比較。卵子提供と代理出産の場合、母子の良好な相互作用は、自然妊娠の親子によりも低かった。


2011 Children conceived by gamete donation: psychological adjustment and mother-child relationships at age 7.
告知が母子関係と子どもの心理的適応に与える影響を調べた。卵子提供による親子32組、精子提供による親子36組、自然妊娠の親子54組を比較。告知していない母親は、自然妊娠の場合に比べて積極的な交流に乏しい傾向が見られた。オープンな家族の方がメリットがあることが示唆された。


2006 Non-genetic and non-gestational parenthood: consequences for parent-child relationships and the psychological well-being of mothers, fathers and children at age 3.
子どもが3歳の時点での自然妊娠の親子67組、精子提供による親子41組、卵子提供による親子41組、代理出産による親子34組を比較。母子関係の熱心さや交流という点では、自然妊娠より生殖補助医療による親子の方が優っていた。配偶子提供より代理出産で子どもを持った親の方が子どもに事実を告げる傾向があった。


2006 Surrogacy families: parental functioning, parent-child relationships and children's psychological development at age 2.
子どもが2歳時点での自然妊娠の親子68組、卵子提供による親子48組、代理出産による親子37組を比較。代理出産の母親は良好な親子関係を持ち、代理出産による子どもの社会感情的、認知的発達は自然妊娠の子どもと変わらない。


2006 Egg donation parents and their children: follow-up at age 12 years.
12歳の子どもを持つ卵子提供による親子17組、精子提供による親子35組、体外受精による家族34組を比較。卵子提供による親子と体外受精による親子には違いが見られなかったが、卵子提供による親子と精子提供による親子には違いが見られた。精子提供を受けた母親は、子どもに対して感情的に過剰に関わる傾向が見られた。卵子提供で生まれた子どもの発達は良好だった。


2005 Families created bu gamete donation: follow-up at age 2
子どもが2歳時、精子提供による親子46組、卵子提供による親子48組、自然妊娠による親子68組を比較。
卵子提供で子どもを産んだ母親は喜びを感じており、精子提供で子どもを産んだ母親は心配を覚えていた。父親の態度に違いはなかった。たとえ親子の間に遺伝的つながりがなくとも良好な関係を築くことは可能である。


2004 Families created through surrogacy arrangements: parent-child relationships in the 1st year of life.
自然妊娠の子どもよりも代理出産で生まれた子どもの適応状態は良いとしている。


※この記事の一部は「厚生労働省平成26年度児童福祉問題調査研究事業  諸外国の生殖補助医療における出自を知る権利の取扱いに関する研究」によるものです。


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Centre for Family Research, Cambridge University

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by technology0405 | 2016-04-27 12:59 | Discussion | Comments(0)

先進国では晩婚化・晩産化が進んでおり、加齢を理由とする卵子提供を希望する女性が増加している。日本もその例外ではなく、近年、卵子提供によるものと思われる超高齢出産が急速に増加している。

卵子提供で子どもを妊娠出産する場合、いうまでもなく生まれてくる子どもと妊娠出産する女性とは遺伝上の繋がりがない。卵子提供は、依頼者の卵子を受け入れて妊娠出産する代理出産の逆パターンであるといえる。卵子提供では、遺伝的に異なる女性の卵子を受け入れ、自らの胎内で育て上げ、分娩を行う。その後の子育てにも慣習上、主に女性が関わるケースが多い。卵子提供が母子関係に与えるインパクトは、精子提供の場合よりももっと大きい可能性がある。

育ての親と子どもが遺伝的関係がない場合、そのことが子どもにどのような影響を及ぼすことになるのかを考えるために、養子のケースや精子提供のケースは先行例として参考になる。一方、卵子提供の特殊性もある。それは、遺伝的母親と産みの母親が別個の人間になるという事実である。これまで、養子のように産みの母親と育ての母親が異なる人間となるケースはいくらでも存在したが、子どもの生命の誕生に関わる女性が二人以上存在するという事態はなかった。この事実が母子関係や家族関係、ひいては子どもの自己認識にどれだけ影響を与えることになるのか。現時点では推測にすぎないが、精子提供で生まれた女性による次の発言が参考になる。

「卵子提供や代理出産は、精子提供よりももっと悪いと思う。母親・母性が分離するのは本当によくない。子どもと母親は特別な関係で結びついている。養子の子どもでも、実の父親には興味がなくても産みの母親には興味を持つと思う」
(精子提供で生まれたイギリス人女性,50代)

子どもにとって、母親は(父親とは比べものにならない位)特別な存在であるという。「母性」は子どもにとって自己に絶対的な安心感を与えるべき拠り所であり、「母性」が複数化することは、子どもから心の拠り所を奪い、大きなダメージを与えることだと彼女は主張している。

彼女は精子提供の当事者であるが、卵子提供の当事者ではない。彼女の主張には肯首できる点もあるが、必ずそうなると言い切れるわけでもない。産みの母親が育児に深くコミットすることが当然視される伝統的家族を前提とするなら、そのようなリスクや懸念は確かに存在しうる。しかし、卵子提供は、伝統的家族とは異なる新たな家族を創造するものである。それは例えば、、子どもと遺伝的つながりがある父親の育児参加を促すことができるかもしれない。
 
卵子提供が新たな可能性に開かれている一方で、国内に目を向けたとき、むしろ伝統的家族の中で卵子提供が要請されているという現実にも直面する。以下はウェブサイトの書き込みである。

「最近、夫が本気で卵子提供を受けたいと言い出しました。
でも、私はどうしても厭なんです。何度目かの話し合いで、夫がぽろっと「◯◯も我執を捨てて・・」と言いました。その途端、私は爆発してしまいました。卵子提供などという不自然なことをしてまで、他人の子を産みたくないという私の気持ちが”我執”なら、厭がる妻に卵子提供までさせても自分の子を持ちたいというあなたの気持ちは我執ではないのか!」「夫婦双方の血を引かない”養子”ではなく、あえて妻に無理強いして、卵子提供で自分だけの血を引く子を得ようとする気持ちは”我執”ではないのか?」と。治療の過程で、仕事を辞めてしまったことも悔やまれます。本当に悔しいです」
(babycomより引用、一部筆者改変)

家族のプレッシャーにより押し付けられた卵子提供によって女性が納得しないまま子どもを産んだとき、その後、母子関係に暗い影を落とすことに繋がりかねない。女性は卵子提供(や精子提供)の結果を自身の身体で引き受ける当事者であるため、女性による真に自発的な同意が不可欠である。 

だがしかし、この技術の最大のジレンマは、最も主要な当事者である子どもの同意をとることができないことである。卵子提供による妊娠出産が世界で初めて行われたのは1983年のことであり、最年長の子どもは現在、30歳を超えている。しかし、現在、出自を知る権利を求めて声を挙げている人々の多くが、精子提供で生まれた人々であり、卵子提供で生まれた人の声はまだほとんど聞こえてこない。

卵子提供の事実を子どもにも周囲にもオープンにしていると話すオーストラリア在住の女性は、次のように述べる。

「38歳で結婚した。アメリカの女優とか見ていて40歳以上で子どもを産んでいる人もたくさんいたので、自分も問題なく妊娠できると思っていた。本当は彼女たちは卵子提供を使っていたのだということを知らなかった。それで、妊娠したいと思ったときに妊娠せず、IVFを受けることになった。何度も何度もやった。しかし、結局自分の卵子での妊娠を諦めることになった。卵子ドナーを探しまわった。夫の元婚約者に双子の姉妹がいた。彼女がすぐに「いいよ」といってくれた。自分としては時間もなかったので、すぐに受け入れた。運良く、すぐに妊娠した。次の時は凍結保存してあったものを移植した。その時もすぐに妊娠した」
 (卵子提供で二人の子どもをもったオーストラリア在住の女性、50代)
 
自分の卵子での妊娠を諦めるのが辛かったこと、しかし前向きに卵子提供を受け入れたことが伺える。

「自分は子どもが2-3歳で座れるようになってから本(Sometimes it takes three to make a baby)を読み聞かせていた。長男は、最近、精子と卵子はどうやって一緒になるのかと聞いてきた。それで自分は「医師がやる」と答えた。その絵本は子どもたちのお気に入りで何度も何度も読み聞かせた。子どもたちはまだ明確に遺伝的つながりの意味を理解していないようだ。しかしほかにdonor siblingsが存在すること(※ドナー自身にも子どもがおり、その子どもたちと血が繋がっていること)に気がついている。しかし、今は別の遊びに関心があり、このことにはそれほど関心がない。高校生くらいになって生物学を学べばはっきりと理解するようになると思う」
 (卵子提供で二人の子どもをもったオーストラリア人女性、50代)

彼女は、卵子提供のことを決して隠し立てせず、周囲の人々にも子どもに対してもオープンに徹している。ドナーの家族とも行き来がある。彼女の子どもの一人にはアレルギーがあるため、ドナーに体質を尋ねることもあるという。親にとってもドナーが知っている人であれば安心感がある。子どもの遺伝的なバックグラウンドを知ることは親にとっても有益であり、必要があればいつでもコンタクトを取れるドナーを探すことが好ましいと考えている。

彼女は、子どもがまだほんの幼い頃から絵本を用いて何度も読み聞かせた。子どももその絵本を気に入っているということは、子どもたちがポジティブに受け止めた証拠であるといえるだろう。しかし、まだまだ無邪気な年齢である。告知は、子ども理解度に応じて何度も繰り返し行っていくことが必要になる。その過程で、男女の関係からではなく、体外受精という技術を用いて生まれたこと、そして、卵子は母親のものではなく、顔見知りの女性のものであることの意味を子どもがはっきりと認識したとき、改めてショックを受けたり傷ついたりする可能性がないとはいえない。しかしたとえそうであっても、幼い頃から何度も聞かされてきたストーリーであるために、突然知らされた場合に比べてその負の影響は緩衝されるはずである。

だが、親の側が最大限の誠意をもって接したとしても、子どもが自らの出自を受けとめることができず、思春期以降、親を責めるというような場面に遭遇する可能性もある。そうした可能性があることは、考えておかなければならないことである。

精子提供で生まれた子どもで、理不尽な状況の中で突然に知らされたというような場合、親、とりわけ母親を責めるという気持ちが生じるようだ。他方、父親は「遺伝的には他人」であるために同情の対象ではあっても不満の矛先には選ばれにくいという現象も見られる。卵子提供の場合はどうだろうか。卵子提供では、母親は、「遺伝的にも生物学的にも100%の母親」ではないために、母子関係に距離が生じることになり、子どもが安心して自我をぶつけることができないという現象が生じるかもしれない。しかしこれは、悪いことばかりではない。多くの家庭で母子関係が密着しすぎることの弊害が指摘されており、適度な距離感は母子関係を良好なものに導く可能性もあるからである。精子提供や卵子提供が子どもにとって持つ意味は、子どもの性別によって異なる可能性がある。

昨今、成人した当事者の助言に従い、精子提供や卵子提供の事実をできるだけ早い時期から子どもに告知することが推奨されている。告知を決意した親は、こうした声に誠実に向き合っていると評価できる。しかし、一方では、告知され、内心ショックを受けたことを親に隠す子どももいる。この場合、子どもの存在論的な不安は、より内向していくことになる。大人から見て、子どもが受け止めたように見えていたとしても、実際はそうではないかもしれない。成人した当事者や専門家の助言に従い、勇気をもって告知したからといって全てが解決し、うまくいくとは限らない可能性も考えてみるべきである。

精子提供で生まれた世界各国の当事者たちが声を挙げており、この技術が、子どもから見て、どのような問題点があるか、徐々に見えてきている。彼らの主張には、ある種の普遍性が認められる。一方、卵子提供は精子提供とは異なる面があり、卵子提供で生まれた当事者の経験は明らかになっていない。いずれにしても、自然妊娠で子どもを持つ場合に比べて、精子提供や卵子提供、そして代理出産には伝統的なモデルがない分、異端視されており、周囲の人々が偏見を持っているという事実が、当事者にとって一層リスクを高めている。人々によく知られていない方法によって子どもを持つことは、社会実験的な要素を不可避的に持つことになる。そして、その負担や結果を引き受けることになるのは、生まれてくる子どもである可能性が高いことも、親としては考えておかなければばならないことである。


※)この記事の一部は、「厚生労働省平成26年度児童福祉問題調査研究事業  諸外国の生殖補助医療における出自を知る権利の取扱いに関する研究」によるものです。


厚生労働省 年齢階級別分娩件数

Babycom

Sometimes it takes three to make a baby


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by technology0405 | 2016-04-19 13:38 | Discussion | Comments(0)

バブル崩壊後の20年あまり続いたデフレによって、国際社会に占める日本の経済的地位は相対的に低下している。総GDPでは、中国が世界2位であり、日本は3位となっている。近年の円安傾向によって日本のモノやサービスは外国人から見て割安感がある。訪日する外国人観光客は増加を続けており、インバウンド需要を見込んだビジネスが活況を呈している。特に近隣の中国からの訪日客の「爆買い」現象はよく知られているところである。中国の経済発展はめざましく、都市部を中心に不動産価格は上昇を続けており、中国の富裕層の経済力は、日本の中産階級をはるかに凌いでいる。中国からみて日本は、旅行者として安価で質の良いサービスや商品を購入できるだけでなく、安全な食品、汚染されていない空気など生活環境も圧倒的に良い。

中国の富裕層が日本で出稼ぎをする中国人に代理出産を依頼していたことが明らかになった。日本の医師が移植などを行い手助けしていたとされる。中国では代理出産は全面的に禁止されている。一方で旺盛な需要があり、アンダーグラウンドで代理母取引が盛んに行われている。海外に目を向ける動きもあり、子どもが米国籍を取得できるというメリットもかねて米国で代理出産を依頼する富裕層も増加中である。

中国では爆発的な人口増加を防ぐ目的で一人っ子政策が行われてきたが、近年、廃止されることになった。もともと子だくさんを好む国民性もあることから、第二子へのニーズが生じており、それとともに体外受精や代理出産などの希望者が増加しているものと思われる。

富裕層にとって、金銭で希望するモノやサービスを手に入れることは当然のことであり、実子であっても同じことである。中国では、依頼女性が他人の卵子を用いて自ら妊娠出産するという考えは乏しい。逆に、他人に妊娠出産を委託するという考え方には抵抗がないようだ。経済的余裕がある依頼者であれば、間違いなく後者を選ぶだろう。

同胞の代理母が好ましいとはいえ、代理出産は中国国内では違法であるため、国内でやろうとすれば、危ない橋を渡ることになる。しかし、海外、例えば近隣の日本でやれば、法律違反にはならない。日本では代理出産を禁止する法はなく、日本で代理出産を行っても処罰されることはない。もし中国人ではなく、日本人の代理母に依頼するなら、生まれた子どもは日本の国籍を取得することができる・・・。富裕な人々にはさまざまな選択肢が存在しており、その選択肢の中に日本人代理母の利用が存在するとしても不思議ではない。

「国外において貧しい人々に経済的対価と交換に代理懐胎を依頼 するいわゆる「代理母ツーリズム」を阻止するためには、前述の臓器の 移植に関する法律が「臓器移植ツーリズム」にも対応しようとしたよう に、代理懐胎を規制する法律は、国民の国外犯をも処罰することになろ う。」
日本学術会議2008『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題』

2008年に公表された日本学術会議の報告書では、法整備に向けて、代理出産に関するさまざまな問題が検討されていた。上述の文章は、生殖ツーリズムについて述べたものだが、国内で代理出産を禁止した結果、日本人が海外で代理出産を行うことを想定していても、外国人が日本にやってきて代理出産を行うという事態は想定されていないようだ。しかし、国内に居住する日本人が有償の卵子ドナーとして利用されているという現象は、もはや既成事実となっている。代理出産は卵子提供よりもはるかに重い負担を女性に強いるものであり、引き受ける女性にとって、容易に決断できるものではない。しかし、今後、代理母になる日本人女性が出現しても不思議ではない。

女性の貧困化が進んでいると言われている。結婚制度の中で生きないという選択をとる女性がますます増えてきている一方で、女性の管理職への登用は進まず経済的自立への壁が存在する。子どもを引き取って離婚した場合、母親の収入だけで生きていくことが困難になる。結婚制度の中で生きていない女性の貧困化は昨今ますます進んでいるようだ。自己実現のために売春を行う女性がいるといっても、大半のケースでは経済的困窮を解決する手段として売春が選ばれているのが事実である。売春に加えて、新しい選択肢として、代理母になるという方法が生まれる可能性がある。

日本の経済力の凋落、格差の拡大、そして女性の貧困化によって、日本人女性が代理母として利用される日が、近づいてきているのかもしれない。


Link

鈴木大介「再貧困女子」

NHK 「女性たちの貧困"新たな連鎖"の衝撃」

「代理母は使用人」: 代替可能なもの・不可能なもの(中国調査結果)

アジアの生殖補助医療(生殖テクノロジーとヘルスケアを考える研究会 報告書Ⅲ)



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by technology0405 | 2016-04-17 10:09 | Discussion | Comments(0)

オーストラリアは精子や卵子の提供、代理出産などに関して日本よりもはるかにオープンな社会である。
とくにビクトリア州は、出自を知る権利について先進的な取り組みで知られ、2017年から過去に行われた全てのドナー情報がオープンになる。親の側に告知を義務づける法律はないが、告知をすることが望ましいというコンセンサスがあり、親も告知することを自然なこととして受け入れている。以下は、精子提供で生まれたことを両親から告知を受けたシドニー在住の若い男性による証言である。

「11歳か12歳のとき、精子提供で生まれたことを知った。両親の前に座らされて、父親は遺伝的父親ではないことを告げられた。弟がいて、弟は別のドナーからの精子提供で生まれている。弟も5年後に同じように告知されたようだ。父親とは何となく違うと前から感じていた。例えば父親は数学とサッカーが好きでできるが自分はできない。自分はクリケットが得意だが父親はできない、など。思春期になる前で同性のロールモデルが必要な時期に告知された。とてもショックで、そのとき、何も話せなかった。その後、両親とこの話をしたことはない。弟ともこの事については一切話したことがない。このことについて10年あまり考えつづけて、やっと1年前からグループで自分の経験を話すようになった」

告知は、思春期前のできるだけ早い時期に行うのが良いとされている。マニュアルに沿った形で、両親は告知を行ったものと考えられる。だが、それはもしかしたら遅かったのかもしれない。また、できるだけリラックスした環境の中で行われるのがよいとされている。だが、このケースでは両親の前に座らされ、とてもリラックスした雰囲気の中で真実告知が行われたとは思えない。彼はこの事実を大きなショックをもって受けとめたが、それを両親に告げることなく、思春期を過ごした。

「親は子どもに嘘をつかないで欲しい。自分の場合は、父母がそろって話をしてくれたので幸運だったと思う。当事者グループの人たちは、父親が死んだ後とか、離婚した時とか、人前でとか、いろいろな状況で突然知らされた人もいる。そういうのはよくない。あくまでも計画された状況で告知されるのが望ましい。家の中でリラックスした状況の中がいい。自分は11歳で知らされたが、実際にはもっと早いほうがいい。早ければ早いほどいいと思う。」

告知を受けたことで大きなショックを受けたというが、告知されたこと自体はよかったと受け止めている。

ドナーについてはどう思っているのだろうか。

「ドナーについては是非とも知りたいと思っている。ドナーの情報については、個人を特定しない情報については生まれた病院から得ることができる。弟とはドナーが違うので、弟とこの話は一回もしていない。親が病院に申請すれば、もう少し色々情報が貰えるのかもしれないが、やっていない。理由は、両親にドナーの情報が欲しいと言えていないから。父親はドナーの情報が知りたかったら協力すると言ってくれた。しかし、父親を傷つけるのではないかと思い言い出せていない。ドナーは、二人目の父親ということはない。父親の兄弟とか、おじさんとか、家族の友人とか、そんなイメージ。ドナーには会いたい。家族が落ち着いたときいずれ話をしたいと思っている。」

ドナーから生まれたという事実を知ったとき、ドナーを知りたいという人がいる。とはいえ、実際には同じドナーから生まれ、同じ家庭で育った兄弟姉妹でも、ドナーに対する興味の程度は違う。一人はとても興味があるが、もう一人は全く興味がないということもめずらしくないという。しかし、若い頃には興味がなくても、のちに結婚や子どもの誕生などをきっかけにドナーに興味を持つようになることもある。一般に、ドナーを自分とは無関係な他者として、生涯いっさい関心を払わない人は少数派ではないだろうか。

父親についてはどのように思っているのか。

「父親と目の色(母とは同じ色)や趣味が違うことや父親の親戚とも違うことについては、よく意識しているが、母親と違うことについてはあまり意識しない。母親とは近いが父親とは遠い。母親とは考え方や仕草などよく似ている。しかし父親のことはとても尊敬している。自分の子どもではないと知りながらも愛情を注いでくれたから。」

父親とは距離があると述べている。また、遺伝的に違うということを意識することが多いという。自分を遺伝的つながりがないことを知りながらも誠実に育ててくれた父親には感謝し、尊敬しているという。

彼は、告知をしてくれた両親には感謝をしており、表面的には良好な関係を築いている。しかし、内心では大きなショックを受けており、さらにそのように傷ついていることを両親に悟られないように一層気を使っている。両親が思い切って告知をしたことは評価できることかもしれないが、彼の事例からは、告知の方法や時期などは、非常に繊細な問題であることがわかる。そして、真実を知ったことによって彼が影を背負ったことは認めざるをえない。

気をつけなければならないことは、親は告知をしさえすれば責任を果たしたことにはならないということである。むしろ、告知した時から信頼関係を構築するプロセスは始まる。告知は一度きりのものではなく、子どもの成長に合わせて繰り返し行い、なぜその選択をしたか、その選択をした結果、子どもを存在をどう受け止めているのか、親は子どもの人生に寄り添っていくことが必要である。

告知がもたらすネガティブな影響に目を留めたかといって、子どもに真実を告げないということはもはや推奨されるべきことではなく、精子や卵子の提供、代理出産などを利用して子どもを持とうとする親は、この事実について受け止めた上で、技術を利用するかどうかを選択する必要がある。


※この記事は「平成27年度 厚生労働省 子ども・子育て支援推進調査研究事業」によるものです。


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by technology0405 | 2016-04-13 11:36 | Discussion | Comments(0)

2012年から2015年にかけて、代理出産ツーリズムの渡航先に大きな変化が見られた。
 
インドは2002年に商業的代理出産を合法化して以来、代理出産ツーリズムの中心地であったが、2012年に医療ビザ規制を導入したことにより、事態は急変した。依頼者の大部分がインドを去り、タイへと向かったのである。短期間で大量の依頼者を迎えることなったタイでは、法規制もない中、すぐに大きなトラブルが勃発した。メディアでも大きく報道された深刻なトラブルをきっかけに、タイは2015年初めに商業的代理出産を禁止した。

インドやタイに代わって渡航先として浮上したのが、ネパールやグルジア、メキシコ、カンボジアなどであった。これらの渡航先のうち、ネパールやメキシコでは2015年の末までに閉じられた。また、インドでも、2015年秋に外国人への代理出産の提供は一切禁止となった。残る選択肢として、東ヨーロッパ、グルジアやウクライナなどもあるが、これらの国では婚姻している男女カップルしか受け入れておらず、独身やゲイカップルは依頼することができない。非異性愛カップルは商業的代理出産の依頼者の一定割合を占めており、こうした依頼者の一部は、(リスクがあると知りつつも)カンボジアへと渡航している。

カンボジアでは、現在までに代理出産についての法律がない。その意味ではタイと環境が似ているが、しかし、現在、最もリスクが高い渡航先となっている。それは以下に述べるような事情がある。

カンボジアでは代理出産に関する法律がないだけでなく、体外受精などの技術はまだほとんど人々に知られていない。たとえ体外受精で他人の卵子を使っていたとしても、生まれた子どもは代理母の子どもとして登録される。体外受精クリニックがプノンペンに初めて設立されたのは、2014年9月のことであり、翌2015年に体外受精による初めての出産が成功を収めている。これには伏線がある。つまり、タイで代理出産がらみの大きなスキャンダルが勃発したのが2014年8月、その後すぐにタイ政府が代理出産を禁止するとの見通しが明らかとなった時期であり、この時すでに、カンボジアがポストタイの有力な移転先となっていたということである。

タイで代理出産が禁止される見通しとなり、タイのクリニックで保管されている受精卵をどうするかが、依頼者にとって愁眉の問題となった。急ぎ受精卵をタイ国外に出すことが安全策として求められ、近隣のカンボジアへと移送されることになった。それとともに、代理母への移植もまた、カンボジアのクリニックで行われることになった。そして、これまで多くのタイ人代理母が送り込まれ、受精卵の移植を受け、たいに戻っていった。だが、カンボジア政府がこうした動きを察知するのは早かった。2014年11月には、商業的代理出産は違法であるとの見通しがカンボジア政府によって示されたのである。カンボジア政府の警告を受け、カンボジアで代理出産を依頼しようとする母国人に対し、カンボジアでの代理出産の依頼を取りやめるよう、オーストラリアや英国の当局によってガイダンスがなされた。当初、代理出産の禁止を目前にタイが大混乱に陥っている最中でもあり、十分に考える時間もないまま、カンボジアで代理出産を行った依頼者も少なからず存在しただろう。その後、タイ人代理母のみならず、カンボジア人女性や近隣の貧しい国々から代理母を連れてきて、カンボジアのクリニックで移植するという形で、代理出産が行われている。

タイでの商業的代理出産は2015年1月をもって正式に閉じられることになり、2015年3月には代理出産ツーリズムの大手であるNew Life Global Networkがカンボジアに支店を開いた。New Lifeでは、カンボジアでは代理出産そのものを禁止する法律がないことや、父親と母親と子どもに対し同等の権利を持つという既存の条文を根拠に、実施可能であると見なしているが、現地ではたびたびカンボジア当局による調査が行われたとみられる。New Lifeは、その度に賄賂を支払い、追及を逃れてきたものと思われる。

 タイのオルタナティブとして見いだされたカンボジアだが、きわめてリスクが高い状況となっている。既に日本の複数のエージェントが、カンボジアに日本人依頼者を送り込んでいる。しかしこれは後先を考えない危険な行為である。人身売買は刑法により禁止されており、商業的代理出産はまさに人身売買にあたるというのがカンボジア政府の公式見解である。こうした警告を無視し、あるいは既存の別の法を都合良く解釈することによって、New Lifeを始めとするエージェントは独自の見解によってカンボジアでの代理出産は違法ではないと判断し、依頼者を送り続けている。

カンボジアは後発開発途上国であり、貧しい女性や子どもが売春を始めとする人身売買の犠牲となっている現実がある。先進国からの援助を受けた人権団体も活発に活動を行っており、 女性や子供の人権が絡む違反行為に対し、政府も厳しい姿勢をとっている。カンボジアでは、離婚した女性などが代理母となることが多い。代理出産で産まれてきた子どもは、代理母の子どもである。したがって、子どもはカンボジア国籍を有する。生まれたばかりの乳児を母親の手から引き離し、外国人依頼者が国外に連れ出すことができるのか、カンボジア当局が許可を出すのかどうか。代理出産が疑われる場合、子どもの連れ出しにはストップがかかる可能性が高い。この結果、カンボジア人代理母から生まれた子どもが、カンボジアを出国できない可能性は十分にある。日本のエージェントは、事前に十分に調査することなく、日本人依頼者を送り込んでおり、その結果、帰国困難となれば必然的に乳幼児を抱えた状態で長期滞在を強いられ、打開策がなければ国際的な問題にまで発展する可能性がある。

一方、カンボジアは国籍ですらお金で買うことができるという金持ち優遇の賄賂社会でもあるため、関係者に対して多大な賄賂を支払うことで解決策を見いだせる可能性はある。たとえ自力で解決できたとしても、長期滞在を余儀なくされれば、依頼者は、精神的にも追いつめられ、時間もお金も浪費することになる。このように、カンボジアは最もリスクが高い渡航先となっているにも関わらず、エージェントらは、こうした事実を伏せて、あるいは自らのビジネスにとって都合が良い解釈だけを提示し、依頼者を送り込み続けている。そのリスクや結果を引き受けるのは、決してエージェントではないことに留意が必要である。
 
※この記事は第23回ファイザーヘルスリサーチ振興財団研究助成によるものです。

Link
Nacelle Dickinson Stop8: Cambodia

Surrogacy in Cambodia

'Somebody has to be the icebreaker': Aussies seeking babies turn to Cambodia

Gov’t to Crack Down on Surrogacy Clinics

The billion dollar babies

Australian Embassy Cambodia

Paid Surrogacy to be declared "Human Trafficking' in Cambodia

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by technology0405 | 2016-04-08 10:44 | Discussion | Comments(0)
各国のARTに関する資料や記事を集めています (※ このブログに書かれている情報の信ぴょう性は各自でご判断ください)