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2019年8月10日

卵子提供で母親になったJake
5年ほど前に双子を妊娠したの。卵子提供で3人の子どもがいるわ。6歳になるRose, 4歳になる双子のJackとMeggie。31歳の時から体外受精を始めて6サイクルもやったけど、結局妊娠しなかった。卵子提供をやって4人もの卵子ドナーを依頼して5サイクルの体外受精をやったわ。21週くらいで3回も流産した。体外受精を始めたのは、今から11年前の話になるわ。子どもたちには生まれた時からオープンにしている。ストーリーブックを作って、話している。家族内では共有しているけど、家族以外には話せていない。
あるとき、夫の仕事関係の友人を呼んでディナーパーティーをやったの。そしてある女性が、私と子どもたちは似ていないわねといった。
私は卵子提供だと言えばいいと思ったけど、夫の顔を見ると凍り付いていた。だから私も彼も何も言えなかった。帰り道に尋ねたら、彼は何っていいかわからなかったといったわ。でも私はとてもオープンな人間だから。その夜は彼と議論になった。
もしシングルなら、周囲の人たちには話すことになるだろうとも思った。それで、VARTAに連絡してみたの。Kateと電話で話した。そして、教えてもらったビデオも見たわ。その女性は、8歳の時に精子提供で生まれたことを知ったみたい。夫にも子どもたちにもビデオを見せた。そして全てが変わった。
私はオープンだけれど、誰にでも話す必要があるとは思っていない、例えばスーパーマーケットであった人ととかには話す必要がない。だからたくさん判断してきたわ。必要な人だけに話すようにしている。私はここで自分のストーリーを話したけど、Rose、Jack, Maggieにもそれぞれ自分のストーリーを語って欲しいと思っている。
一番上の娘は、DNAについて理解しているので、卵子ドナーや精子ドナーの意味もわかっている。娘は友達にはこのことはいっていない。そんな興味がないといっている。でも、娘にその準備ができたら、私は手助けしようと思っている。

匿名精子ドナー
自分は匿名で精子を提供していた。そして30年もの間、ずっと匿名だったんだ。でも今は完全に変わった。法律が変わって、ドナーの情報がオープンになったからね。自分が精子を提供したのは80年代半ばの頃だった。実は、精子ドナーになるというのは妻のアイデアだったんだ。妻はは今日ここにも来ているよ。だから保証人のようなものだ。彼女はABCか何かのラジオ放送で医師のインタビューを聞いて、それを思いついたみたいだ。それで私はたくさんの検査を受けて、精子ドナーになれた。そのとき、自分を含めてメルボルンには13人のドナーしかいなかった。たくさんの書類にも記入した。その一つが、non-idetifying informationというものだ。それで書いたのは、数学が苦手だということ、絵を描くのが好きでスポーツが得意だと書いた、あとは忘れたかな? そのあと、この提供の結果はどうなったんだろうととても興味が湧いたんだ。それである日、電話がなった。それはBirths, deaths, and marriagesの女性からのものだった。
彼女は、子どもに会いたいかといったんだ。自分はその時ちょっと待って、といった。そして1989年にSarah, Robbyが生まれていることを知ったんだ。12日後に、彼らとあった。彼らにとってとてもexcitingもな出来事だったと思うよ。Robbyは、いつ知ったか覚えていないといっていた、多分3歳くらいだろうと。最初から知っていたと。それでドナーにあう事をとても楽しみにしていたと。18歳の誕生日ブレゼントとして、このミーティングを父親と母親にセッティングしてもらった。それでとても興奮していたね。
Sarahはまた全然ちがう性格だ。彼女はもっとプライヴェートな性格で、メイルと電話からゆっくりと進んでいった。彼女がいった事で興味深かったのは、自分の絵画への関心がどこからきたか理解できたと話した事だ。彼女の家族にはそういった特性がないらしい。それで絵画をメールで交換した。5分後には互いの絵を交換していたよ。彼女は象の絵を送ってくれた。そのあと、Sarahに会った。彼女とはたくさんのメールを交換した、いろんな事を話したよ。Sarahはティーンエイジャーで、この事を受け入れるのが少し難しそうな感じだった。
彼らとの関係は、親としてのものでいないよ。だからRobbyとは女の子の話もした。どうやって女の子をモノにするかとか。自分は10代の時はとてもシャイだったといったら、彼もそうだといったね。それ以外では、健康や医学的な情報についても交換したよ。向こうはとてもそのことに関心を持っていたし、私には相手の家族の側のことも知って欲しいという感じだった。そういうオープンさが好きだ。
自分にはオーストラリア以外に3人の子どもがいるみたいだ。いつも日があう時があるのかどうかわからないけど。

卵子提供で生まれたMel
8歳の時に、自分がどうやって生まれてきたかを知った。そしてドナーにとても興味があって。私は家族とは違っていると感じていた。18歳の時、親には内緒でBirth, Death, andMarriagesに行って、ドナーのことについて知るために連絡した。そこで、書類に記入して、同意して。そして突然その日がやってきた。ドナーと会った気持ちは、とても妙だった。2-3時間も話した。私はミュージシャンで、私のドナーはといえば、コーラスに関心があると言った。私はサクソフォンを演奏する。クラッシックが好き。コーラスも歌う。
私のママはとても保守的なカトリック教徒で。私がドナーにコンタクトをとる事をとても不安がっていた。
私が小さい頃から、ママはそのことをとても不安がっていることを知っていた。だからずっと、ママの気持ちとバランスすることを考えてきた。そしてママがドナーに会いたくないし来ないということをいうのではないかと思っていた、だから待つ必要があった。
そして実際にドナーに会うことを告げたとき、ママはとてもショックを受けていた。
ドナーとの面会には、ママも同席した。涙を流して、ドナーにありがとうと言ってハグした。その瞬間のことを忘れられない。



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by technology0405 | 2019-09-16 09:31 | Materials | Comments(0)


オーストラリア・ニューサウスウェールズ州では2007年よりセントラル・レジスターが健康省に設置され、
配偶子提供に関わる情報が管理されている。2010年以降に提供された配偶子から生まれた子は出自を知る権利が認められ、
ドナーの個人情報へのアクセス権をもつ。
子からの情報開示請求が始まるのは18歳以上となった2028年以降になると予想される。

(統計より)
・配偶子提供(精子・卵子・胚)により生まれてきた子の数は、計4559人。直近の2018年は658人が生まれている。
・配偶子提供から生まれてきた人(donor offsprings)からvoluntary registerへの情報登録は、計92名
・匿名ドナーで自分の情報をvoluntary registerに登録した人の数 87名

これまで、ドナーとレシピエントのマッチングが成立した事例は皆無ではないが、非常に少ない。

オーストラリアのビクトリア州にはVARTAという組織があり、ここでCentral RegisterとVoluntary Registerが管理されている。
この組織は長年運営され、啓発活動なども活発に行われて、一定の成果をあげている。

一方、VARTAは、ドナーとレシピエント家族の間に常に介在しており、当事者からは過度のパターナリズムだという声もある。

昨今、様々な関心のもとで、23andMeなど商業的なDNAテストを利用する人が増えている。データベースには少なくとも数万人程度のデータは登録されていると思われる。
そして、この DNAテストを別の目的で利用し、偶然に知ってしまった人もいる一方で、昨今は最初からドナーあるいはドナーからのきょうだいを探すという目的で、このサービスを利用する人も増えていると考えられる。
当事者にとって、Central Registerなどに登録して連絡が来るのを受動的に持つよりも(一般にマッチングが成立するのは稀であるし、何年も待つことになるかもしれない)、より手軽でダイレクトに、積極的に自分のニーズを満たすことができるという利点がある。
正確さは犠牲になるが、こうしたDNAテストで、遠い親戚を探し出すこともできる。

NSW州では、ドナーは2010年以降、非匿名化されているが、告知するかどうかは親の意思のもとに置かれている(一方、ビクトリア州では、子の出生証明書に記載されるため、子はいずれ知ることになる、このため告知は必然的である)。当然告知されていなければ出自を知る権利を行使できない。NSW州では、ドナーの同意なく個人情報が開示されることは認められていない。このような温度差が、NSW州のレジスター統計には反映されているのかもしれない。



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Mr. Peter Robinson, Ministry of Health, NSW による資料提供 


by technology0405 | 2019-09-13 19:17 | Materials | Comments(0)


Katrina Hales:
20年の経験がある心理学者、モデレータ、代理出産に関わる人々のカウンセリングに熱心に取り組む、特に依頼者への支援

Amanda:
メルボルンで伝統的代理母をした。14ヶ月前に娘Salabをゲイカップルのために出産した。依頼親とはとても刺激的な関係を築いている。

Mari:
シドニーの体外受精代理母。キャンベラに住む依頼親のためにSienaを9ヶ月半前に出産した。依頼親とはAustralian Surrogacy Community Facebookで知り合った。

Simone:
アデレードの体外受精型代理母。依頼親とは上記のFacebookページで知り合った。6月前に出産。

1. Pre-Surrogacyについて

Amanda: 依頼者とは前からの知り合いだった。だからこのことに答えるのに適切だとは思わないけど、やはり前もって関係を作るのに時間をたくさんとることが必要だと思うわ。私たちの場合は、もうすでに知り合いだったからそういうことは必要なかったけど。

Mari:
私の場合はAmandaと全然違うの。私は依頼者を知らないで代理出産をやったの。ウェブサイトのコミュニティで知り合った。Katrinaさんを通して知り合った。そして、代理出産前のセッションも受けた。そして、良いことも悪いことも、醜悪なことも、全部聞いたわ。そしてKatrinaさんから、依頼者とどうやって付き合えばいいか、アドバイスをもらった。例えば、どうやって関係を作るかとか、成功するためのチーム作りとかね。そして、その後Skypeでも色々話したの。他の代理母や依頼親と色々な会話をしたわ。すぐにわかったことだけど、このコミュニティはとても小さいということ。だから誰が誰のこと話してるとか全部わかった。だから秘密ということがなかった。そこで知り合ったのがCanberraに住んでいた依頼者。自分が住んでいるところから離れていたのでチャレンジだった。Katarinaからのアドバイスは、相手をよく知るようにと言われたわ、というのは最初はやっぱり相手のことがよく見えてしまうものだと、まるで恋愛のようにね。そして6ヶ月もかけた。私にはその時4歳と5歳の子供がいて、依頼者が自分の子供とどうコミュニケーションをとるかも見たり、徐々にお互いをよく知るようにしたの。
それと、子供たちが寝た後、夫が質問リストを作ってくれたりもした。

Simone:
私の場合はもうすこし急いだ感じだたっかな。Facebookで依頼母と出会い、会ってディナーをしたの。隣同士に座って。それで、とても良い感じを持ったので、いいよ、先に進みましょうとなった

Katrina:
みなさんよく準備されていたと思います。もっともスムースな代理出産のケースでさえ、ちょっとガタガタすることはあるもの。だから十分に準備をしたからと言ってそうならないという保証は何もないけれど。

2. Pregnancy and BIrthについて

Mari:
何週間かの間、かなり具合が悪く、今までの妊娠では経験したことがなかった。朝も昼も夜も具合が悪かったから。それ以外は大丈夫だった。でも感情的にはまさに大変だった。自分の妊娠の時は、私はとても理性的(rational)だったの。この言葉を使うことのは好きじゃないんだけど。Katrinaさんは、理性的になるようにと助言してくれたのを思い出したわ、でも私はできなかった。だから、代理出産と自分の妊娠とはかなり違うのだということがわかった。もしパートナーとの間の子なら、それはあなたとパートナーだけで決めればいい。でも、代理出産となったら、依頼者がいるのだから、依頼者の考えもいつも考慮に入れなければならない。そういうことがとてもチャレンジだった。そしてストレスに感じた。そして心配にもなった。そんなことでとても感情的になってしまったの。
そしてある日、夫が涙を流していた、依頼母から何か悪いことを言われて傷ついたみたい。でもそういうときちゃんとチームがフォローしてくれたら大丈夫なんだと思う。

Amanda;
私の妊娠はひどかった。自分の妊娠を4回やったけど、全部大丈夫だったのに、代理出産の時は悪かった。Salebを妊娠していたとき、28週まで、具合が悪かった。病院に入院していたの。その時子供達は3歳、4歳、5歳、7歳だった。子供達の学校や習い事、その他諸々のことがあって、それは大変だった。
そしてそのことが、子供たちに対する罪悪感になった。自分の子供達の時間を奪ったのだから。でも私の依頼者はとても良い人たちで、私の子供達のことを仕事を休んで手伝ってくれたりもしたの。まあ、それは彼らのための妊娠であって、私のためのものではないから。
私は自ら帝王切開を希望した。夫の依頼者もいなかった、私一人で手術に臨んだわ。出産は素晴らしかったと思う、そして依頼親はその経験を経て、親になった、それは彼らの妊娠でもあったのだから。

Simone:
私の妊娠は良好だった。特に病気もなかったし。13週頃は若干辛かったけど。でもとても頑固て、誰も助けもいらないと思ってたわ。そのせいでチームに軋轢が生じたの。依頼親は妊娠に対し何も役割もないことが嫌だったみたい。だから妊娠中はとてもストレスフルだった。だって私が世話してるのは、他の人の赤ちゃんだもの。だから病院でのチェックや検査やら、血液検査も辛かった。でも依頼親はそういう私のやったことは気づいていないと思う。
それでも私は頑固で、自然出産を選んだ、逆子なのに。依頼者はしても心配して説得しようとしたけど、私は譲らなかった。でも最終的には帝王切開をしたの。依頼母はとても素晴らしかった。私のタイミングで、子供を手渡しをさせてくれたし。

Katrina: 素晴らしい!

3. Post-birth

Simone:
今6ヶ月経った。今私たちの関係は前より良くなったと思う。今は義務もなくなって、ただ友達だけになったから。でも関係はよ良くて、それは私たちは妊娠を通して繋がっているからだと思うわ。そして、私が生んだ娘は、私に抱きついてくれた。私はとても嬉しかった。

Mari:
出産から、9ヶ月半経ったわ。そして関係は、友達のときに戻った。子供を渡して、解放された気分。それに依頼者にとっても、彼らにとって私はいつも危ないことをする人間だったので。今は依頼者と距離も離れているので2-3ヶ月に一回くらいかな。娘は今歩き始めて言葉も口にするようになった。私としてはとても嬉しい。

Amanda:
私は出産から14ヶ月が経つわ。ただ、私の子供たちにしてみれば子供が去って、とても寂しい思いをしているみたい。だから、しても寂しくて辛い時期もあった。今は、私には4人の子供もいるし、お互い忙しいのでそれほど頻繁にコミュニケーションできない時もある。そして私の場合は自分の卵子を使っているので、子供達は実際関係がある。そのことが影響してると思う。だから子供を見たいと思う、それは私のためでもあるけど、それ以上に私の子供達のため。今の関係はとてもいい。一緒にランチをしたり夕食をしたり、そして娘の誕生日も一緒に過ごすの。




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by technology0405 | 2019-08-29 15:09 | Materials | Comments(0)




Health Records and information Privacy Act 2002 (NSW)

医療機関では、指紋、網膜指紋、身体標本、遺伝子情報などの個人情報を扱う。こうした個人情報をどのように扱うかについての法律が存在する。

ただし、以下の情報は含まれない
・30年以上前に死亡した個人の情報
・すでに公表されている個人の情報
・すでに図書館や美術ギャラリー、研究や展示会場にて開示されている個人情報

健康情報とは、
・身体的心理的健康または障害に関する個人の情報
・将来どんな健康サービスを受けたいかについての希望に関する個人情報
・すでに個人に対し提供された健康サービス、またこれから提供されるであろう健康サービスについての情報

など、特に、この中には、以下のものが含まれている。

(c)その他、個人の身体の一部、組織や身体の物質の提供またはこれから提供するものに関する情報
(d)遺伝子に関する情報

この法律の目的として:
・公的機関、私的機関での健康情報のプライバシーが保護されること
・個人が健康情報にアクセスできるようにすること
・健康情報の保護とその適正な使用とをバランスすること

が含まれている。










by technology0405 | 2019-08-28 14:53 | Materials | Comments(0)


Rachel: 2005年から2008年の間に4回の卵子提供、6回の代理出産を試み、4回の代理出産に成功した。人工授精の場合と体外受精の場合と両方を経験。そして依頼者も異性カップル、同性カップルと両方を経験した。Surrogacy Australiaの秘書もやっていた。3人の娘がいて、助産師でもある。

MarianneとDavid: Marianneには自己免疫疾患があり、自身で妊娠するのは難しかった。Rachelの助けを得て、諦めずにやり通した。去年の6月に娘のMatildaを迎えた。



Marianne:
私はRachelに二度も代理母をやってもらいました。4年かかっています。今日ここにいるのは私のチームです。私の夫、私、Rachel, Rachelの夫のSImon,そして彼ら3人の娘。
私にとってRachelは結婚したも同然だと思っている、もちろん法的ではないけど、彼女は私の妻だと思ってる。特別な関係だから。
Rachelは二度目の移植で妊娠したの。その時、彼女のお腹がどんどん膨らみ、羊水を出さなければならなくなった。結局、15リットルも出すことになった。その理由は、胎児にあって、息子のHugoは生まれたとき、重篤だった。私たちはどんな時にも最善を尽くそうとしてきたわ。次に妊娠する時には検査をした。そして娘は問題なく生まれてきたわ。今1歳になるの。
代理出産ではよく子供を渡すことが話題に上るけど、そのあと自分が親になることを考えないと。そして、そのあと代理母とどう付き合っていくかということも。そして、代理母から育児に関してアドバイスをもらえるのかどうか? そもそもアドバイスを求めても良いのかどうか? とか。
Rachelは妊娠中は色々関わってくれたけど、育児に関してはそうでなかったのでちよっと戸惑ったわ。どうしよう、誰に相談しよう? と思ったわ。
育児に関しては、いい時も悪い時もあるわ。
Rachelは、新しい代理母との関係はそれぞれ違うと言ってるけど、付け加えるとするなら、同じ代理母であっても、代理出産ごとにまた違うということね。全然違うわ。
最後にRachelに感謝を込めて花束を贈呈したいと思います。



Rachel
代理母としても依頼者のことをよく知らないといけないと思うの。同じページにいるかどうか、確認する必要があるわ。その中には難しい問題も含まれている。それは中絶とか、もっと悪いシナリオもありえる。
障害がある子供が生まれたら、それはもっと大変。人の気持ちはその都度変わるものだから、いつも確認しておかなければならない。代理出産はやはり、別の人間が人生に関わることになるので、とても難しい面があるのは事実。Marianneはブリスベンにいるけど、こっにきて何でも手伝いたがる。私は独立した人間なのでそれが少し煩わしかったの。皿洗いだとかそんな些細なことだったけど。
私のパートナーは、2度目の代理出産のとき、あまり賛成ではなかった、けど最後には賛成してくれた。でもゲイカップルのために双子を妊娠したとき、27週目に逆子になったり具合が悪くなりしたときは、私が死ぬと思ったらしい。
その時、改めて自分の決断が配偶者に与える影響について思い知った。最終的には彼は私がハッピーならと代理出産に同意してくれた感じ。代理出産は私のためのもので、彼にとっては必要ではなかったし。
20週の頃、Hugoはとても具合が悪かった。だから、Davidにもう一回やりたいと言った時に彼はNoと言った。もうそのことは言わないでくれと言われたの。最後の代理出産は、夫も含めて癒しのためのものだったと思う。
最初の代理出産では、12週頃に具合が悪くなったの。でも彼は、関係ないから知りたくないと言った。自分は代理出産に関係ないからと。そのとき気づいた。最初の時点から彼をもっと巻き込むべきだったと。
育児に関してどう関わるかは人によって考えが違うと思う。私の場合は自分の育児をMarinnaとDavidに押し付けようとは思わない。そして自分を頼って欲しいとも思わない、私が助産師だということもあるけど。Matildaは本当に具合が悪かった。乳もあまり飲まず、入院する必要があったの。やはり思うのは依頼者は子もがほしいということだけしか最初は見えていないけど、その先の方がもっと大変だということ。
代理母としては、やはり依頼者と事前にしっかりと関係を築いておくことだと思う。自分たちのケースはとてもラッキーだったと思っている。代理母の中にも育児に積極的に関わりたいという人もいる。私の場合はそうではなかったけど。依頼者もそうなら素晴らしいことだと思う。私の場合は、友達関係だけにしたいの。
代理出産に関しては、ちょっと美化されている嫌いがあると思う。実際にはもっと難しい面も多い。後悔はないけど、もう少しマシにできたのではないかと後から考えることもある。私はもう代理母をやらないけど、Marinnaはもう一人子どもが欲しいみたい。楽しみにしているわ。
私の心配は、私がここでこうやって話すことで、私たちの例が、ゴールドスタンダードになってしまうこと。それから、新しい代理母を見つけたとき、その彼女との関係はまた違ったものになるだろうということ。タイミングが良ければ、間もなく新しい代理母に会うと思うし、それが彼女にとって良い代理母であれば、その旅は良いものになると思う。私はただ楽しみに見守っていたいと思う。

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by technology0405 | 2019-08-25 10:15 | Materials | Comments(0)

2019年6月2日 Panel Discussion on Birth through Surrogacy


Emmy: 代理母
Danny: Emmyのパートナー

Kate: 卵子ドナー
Henry and Lisa: Kateの卵子をもらった

Michael and Terry: 2011年から代理出産をはじめる。Amandaに代理母を依頼し、現在1人目の娘は6歳。2人目の娘は3歳。利他的代理出産で授かった。

Glen and Mike: ゲイカップル。代理出産で2019年に娘をもうける。Cassから卵子をもらい、メルボルンに住むKateに代理母を依頼。Australian Surrogacy Communityで知り合った。


Lisa:
私は代理母を必要としていました。というのはかつて妊娠して、具合が悪くなってしまったの。子どもは流産した。そして、夫の精巣にも問題があった。体外受精もやったわ。でも成功しなかった。医師はもうやめましょうと言った。その頃、たまたま学校で人が死ぬところを目撃してしまってPTSDにもなってしまった。それで、もう自分では子供を産めないということになってしまったの。カウンセリングも受けた。代理出産を終えて9ヶ月になるけど今もカウンセリングを受けている。今は子供ができて違う人間になったけれど、適応できるようにね。ここまで14年かかった、今は幸せ。
私は、子供を得るためならなんでもしようと思っていたわ、家を売ることも考えた。でもHenryが反対したの。彼は海外に行くことには反対した。
情報収集は、このセミナーに参加したり、そしてFacebookのコミュニティにも参加したわ。そして、コミュニティの人と情報交換するようになった。そこでEmmyに出会ったの。彼女とは本当にたくさんのことを話したわ。
やはり、最初の段階でオープンにコミュニケーションをとることが大事だと思う。妊娠中の休暇なんかのことも含めて。そして、深呼吸が大事。自分を保つためにね。ヨガはしないけど、メディテーションは寝る前とかにしていたの。メンタルを保つことが重要だわ。


Michael:
(司会: 親しい友達に代理母を依頼したわけですが、そういう身近な人に依頼することにためらいがあったり、プロセス中に問題はなかったですか? )
確かに不安はあったよ。色々考えて心配した。自分は理性的な人間だと思うけど、そんな自分でも非理性的な考えも浮かんだ。誰かが邪魔してストップしたらどうしよう? とか。感情的な副作用が生じたよ。そして、実際にIVFが始まって、それは本当に感情的に振り回されたよ。
私たちは実は前に一緒にビジネスをしていたことがあるんだ。だから彼女のことは大抵よく知っている。そしてその時ちょうど会社を上場しようとしていた。だから自分の人生はめまぐるしかった。
自分たちは実はビクトリア州で初めてのゲイ代理出産のケースなんだ。始めてから確か2-3年はかかったね。でも二度目はもっと早かったよ。
(司会: 国内で代理出産を依頼するのに必要な特性ってありますか?)
極めつきの忍耐力と冷静さかな。忍耐力というのは待つという意味ではないよ、最近のスピードは早くなってきているしね、そして、冷静さ、それは自分たちは命を作ろうとしているいうことをいつも理解していないといけないと思う。そして、プロセスに関わる専門家たちはみな官僚的で愛情には関わりがないということ。彼らは、判断して、もし子供に愛情がない親を作ったら、それは彼らの責任になる。卵子ドナーのことにしても同じだ。だから彼らはきちんと確認したいんだ、今はそのことも理解できるようになった。
卵子ドナーに関しては、カウンセラーから聞いた話では、こちらが思っているほどにはあまりコミットしていないということだった。そして、彼女は伝統的代理出産は認めないだろうということだった。その理由は、彼女の家族がとても宗教的だったこと。そして家族には話さないと言ったこと。カウンセラーは彼女はキャンセルになるのではないかと心配していた。そしてそれは事実そうなった。だからまた一から卵子ドナーを探さなければならなくなったんだ。そして、卵子ドナーのMeに出会った。彼女は二人の娘のために提供してくれた。
Amandaは、私たちのために2回代理母をやってくれたんだけど、自分たちのために色んなアポイントをこなしたりしてくれて、罪悪感を覚えた。彼女にも3人の子どもがいるからね。スキャンとか注射とかなんとか、いつも遅れがちだったけど、彼女はなんとかこなしてくれた。でも少し驚いたのは、誰も代理出産だと気づかなかった点。一番嫌なのは、あなたたちのために代理母になりたくないと言われることかな。ジャッジされるのは好きじゃないけど、受け入れるしかない。


Glen:
SarahとMikeと自分は、5年前から家族を作ろうと計画していたんだ。自分は海外にも行って、メキシコでもやったんだければ、3サイクルやっても成功しなかった。それで結局オーストラリアでやることになったんだ。そして一つの本に出会った。Shannon GarnerのLabour of Loveだった、そのあと、Facebookのコミュニティに入ったことが大きな転機になった。
国内で利他的代理出産というのは関係が全てだと思う。法律家、カウンセラー、クリニック、全部チームとの関係が大事だ。関係構築にはとても時間をかける必要がある。
Victoria Patient Review Panelでのヒアリングも必要だ。私たちの主治医は、レターを書いてくれたんだけれど、GlenとMikeには代理母が必要です、なぜなら彼らは子宮を持っていないからです、と書かれていた。それで、委員会からは許可がおりたんだけれど。バカバカしいと感じた。そんなことが他にも色々あった。それで一進一退という感じで。けれども委員会から許可がおりない人もいると聞いたよ、慰めるためにいってくれたのかもしれない。卵子ドナーに関しても、Cessとの面談が必要だと委員会から言われた。でも彼女は忙しい。それでやっとのことで電話で話をしてもらった。それも最初はダメだと言われたりしたんだ。今となっては貴重な経験だったかもしれないけど、そういうのはとてもストレスフルだった。


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by technology0405 | 2019-08-02 15:43 | Materials | Comments(0)


司会者: 今日は代理出産で生まれた子たちのパネルを開催します。まずは自己紹介をお願いします。

Alice:
31歳です。私はオーストラリアで初めての代理出産で生まれた子供です。世界では2番目かな。恨んではいないし、ちゃんと適応しています。代理母は私の叔母さんでもあります。母の卵子と提供精子を使ったんです。それを付け加えたいと思います。

Morgan:
21歳です。私の場合、代理母と卵子ドナーは兼ねていました。だから私は代理母の子で、父はオーストラリアにいます。
私はLAで生まれたんです。だから二重国籍です。母は前列二番目に座っています。母は出生証明書に母親として書かれています。卵子ドナーと代理母は書かれていません。

Ethan:
12歳です。アメリカで代理出産で生まれました。父が二人いまして、オーストラリア人と台湾人です。うん、私の代理母も叔母さんなんです。父とはその一年前に会って、それで同意した。そして10日後にはもうアメリカからオーストラリアに連れてこられました。


司会者: 代理出産について、どのように教えてもらいましたか?

Alice:
私の場合はちょっと変わってて、生まれて1ヶ月で記者会見を行いました。だから私には最初から話すしかなかった。母はこんな風にいったわ、"私には巣がなくて、叔母さんが持っていた、そして親切な男性が種をくれたの、父親はそれがなかったから。そして成長した" 。

Morgan:
いつ始まったか、覚えていない。私はとてもいい子だったから、たくさん質問したわ。母のお腹にはたくさんの傷があっただから私は聞いた。母のお腹は壊れていたと思った。だから、誰かの助けが必要だった。だから叔母さんに頼んだ。叔母さんは親切だったけど、今は叔母さんとは言えないかな。

Ethan:
父はいつも代理出産について話してくれました。叔母さんとおじさん、そして彼らの娘たちも家族の一部だと思っています。もう生まれた時から言われていたので、何も覚えていない。父は卵子ドナーや代理母という特別な女性がいたと教えてくれた、そしてそれは他の子たちと全然違うとも教えてくれた。

司会:
学校ではどうでしたか?

Alice:
小学校では誰も気にかけなかった。でも高校になって、ある男の子から、あんたはtest tube kidだ、だから両親はセックスしていないと言われた。でも大学ではそんなことはなかったし、働いてからもないわ。
代理出産のことと、ドナーのこととはちょっと違うと感じている。ドナーのことの方がもっとセンシティブな感じがする。
みんなが言うのには私は父に似ていると。母には卵子ドナーを使ったらよかったのにというわ。私の肌はひどいの。

Morgan:
小学校では、養子みたいだと説明して、それでよかった。でもそのあと、ちよっと自分でもセンシティブになっていった。

Ethan:
自分からは言わないよ、でも、時々友達が聞いてくることがある。父親が二人だからね。だから代理出産を説明しなくてはならなくなる。だいたいは説明するのは簡単にいくけど、場合によっては何回も説明しなきゃならなくなる。そんなに嫌じゃないからいいけど。ほとんどの友達はちゃんとわかってくれるよ。ただ好奇心があるだけ。その友達の親戚とかにもゲイはよくいるから、大丈夫。嫌な反応もあることはある。けど、気にしないようにしてる。それにクラスにはIVFや代理出産で生まれた子が他にもいたから。

司会: さて次に聞きたいのは、代理母やドナーと会ったかということと、それでどう思ったかということです。

Alice:
私の代理母は母の姉妹だったから。いつも会ってたわ。彼女は私の家族にとって重要な存在。でもドナーには会ったことがないわ。

Morgan:
私の叔母さんには5人の子供がいて、その子たちとも話していて、友達よ。彼らは私のsiblingと言えるかな。皆LAに住んでるの。そして皆それぞれ家族がいるし。ほんの時たま会いにいくわ。4年に一回くらいね。もし無理ならsocial mediaで連絡できるし。いい関係を持ってる。まるで家族のように接してくれる。だからとてもとてもいい関係。

Ethan:
代理母の叔母さんとは生まれてからずっとコンタクトしてるよ。アメリカにも何回か行った。そして叔母さんも何回かオーストラリアに来たわ。ハワイで一緒に過ごしたこともある。私は彼女の家族の一員で、彼女は私の家族の一員でもある。そんな関係。父はいつも自分で決めた人が家族だと言ってる。母の日には彼女に連絡している、そうすると彼女が喜ぶのを知ってるから。

司会:
あなたは私の母親/父親ではないとか、そんなこと言ったことある?

Morgan:
みんなそんなこと言うんじゃないの。私は3歳の時にそんなこと言ったと思う。あなたは本当の母親じゃない、あなたは本当の父親じゃないとか。子供はモンスターみたいなもの。そしてそれは親を傷つけることになる。でも、やっぱり親を愛していると思う。

Ethan:
そんなこと考えたこともなかった・・・

Alice:
いろいあるけど、最後は適応できるものよ。

司会:
実のところ私にも娘がいて14歳の頃とても難しった。あなたの顔を見るのも嫌だと言われたこともあるわ。普通の家族でも、そんなことはあるの。

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by technology0405 | 2019-07-22 16:07 | Materials | Comments(0)


2019年6月2日 Hearing from Young Adults

司会者: 今日は卵子提供で生まれた子どもたちを呼んで、話を聞いてみたいと思います。

Tanzen:
20歳です。両親はちょっと年齢がいっています。母は最初、早発閉経だと言われましたが、そのあと卵巣不全だとわかりました。その時、ドナーがあまりいなかったので、両親は友達や家族からドナーを探そうとしました。
最初友達に頼もうとしましたが、彼女は忙しすぎて、難しいとわかりました。そして彼女から紹介してもらった人から提供を受けることができました。そのひとから2回提供を受けて、自分は2回目の提供から生まれたと思う。最初の移植は失敗して、そのあと2回流産、そのあと弟が生まれた。
両親はストーリーブックを使って教えてくれた。そして2歳の時に、実際の話を聞かせてくれた。でもインパクトはゼロだった。だって私は2歳だったし。と言うのは、私は気がついたらそのことを知っていたと言うこと。ニュースでもみたし、サポートグループもある。そして学校には体外受精で生まれた子もいた。彼女とはよく話していたわ。


Mel:
26歳です。母は生まれつき卵巣がなかったみたい。父は妥協(adamant)しない性格で、どうしても子どもが欲しいという考えがあった。そして、IVFという技術があることを知っていた。そしてお金を貯めて、これをやった。私の卵子ドナーは匿名だった。私は2回目で成功して生まれた。そして8年後に妹が生まれた。その時母は42歳だった。19歳のとき、卵子ドナーにあうことができ、とてもいい関係を持ってるの。
私の両親は8歳になるまで教えてくれなかった。特に母はとても躊躇していたわ。とても心配していた。母だと思えなくなることをね。でも妹が生まれたから、もう言うしかないと思ったみたい。ただ、それは遅かったと思う。だからものすごくショックを受けた。
つまり、私は一人っ子だったけど、妹が生まれた途端、両親は私を座らせて、子供はどうやって生まれてくるか知ってる? と聞いてきた。私は親とそんな話をしたくなかったわ。でもあなたはこれこれの方法で生まれてきたのと・・・それはもう言い表せないほどのショックだった。そして16歳になってやっと飲み込めるようになった。
両親はもっと違う反応を期待していたのかもしれない。でも母が3つの受精卵を移植したと聞いたとき、私は涙が止まらなかった。だって私は三つ子だったんだと。だから兄弟がいたのに、死んでしまったんだと。母は、いやそんなことを言いたかったんじゃないと言ったけど。
そして両親は、妹が11歳になったとき伝えた。妹は私より成熟してないと両親は判断したみたい。彼女も同じようなプロセスを辿ったと思うけど、もっと良かった。そして18歳になって、ドナーを知ることもできるようになった。だから、いまそのプロセスに進んでいるところ。妹とその話をすこともあって、面白い。

司会: やはり、出来るだけ早く知らせることをお勧めします。公開されてる本もいいですが、やはり自分たちの家族に即した独自の本を作るといいでしょう。それから親が心配するのは、学校で友達に知られたらどうなるかということでしょう。それについては、どうでしたか?

Tanzan:
自分にとっては、当たり前の事実だったので、特に友人とシェアしたいと言う気持ちもなかった。でも6年生のとき、両親が本を作ってくれて、そこで初めて自分にはhalf siblingがいることを知ったんだ。それで興奮してこのことを友達にシェアしようと思った。そしたら友達には3回も説明する羽目になった。すぐには理解できなかったからね。そのあとfamily treeも学校で作ったし、ものすごくオーブンにしている。だからクラスの誰が知ってて、誰が知らないか、忘れてしまうくらい。
この間も男友達に話す機会があった。だからとてもオープンにしているよ。今までネガティブなコメントはゼロ。そして弟とは双子だと言えるけれど、2年半離れているんだ。ういうことも興奮するね。

Mel:
自分の場合は知るのが遅かったし、それにカトリックの学校に行ってたから。父がとても宗教的な人なので。そして母はとても心配性。そんなこともあって学校の友達に明かすのは難しい。でも、高校でそういう話がでて、友達に話してみた。そしたらネガティブなことはなかった。ただ興味津々なだけ。まるで科学の実験のようだねといった友達もいた。
同じように、大学の友人にも話したら、科学的な興味を持っていた。ちょっと込み入ってるけど、みんなポジティブだった。

司会:
世の中も常に変化してきています。そして、学校の友達に説明する時にも本は役立つでしょう。なぜかと言うと、やはり何度も何度も説明するのは疲れるからです。特に親が同性カップルの場合、子供達は一体どうやって子供ができるのか不思議がりますから。さて、次の質問は、ドナーについてです。ドナーに会いましたか?

Tanzan:
ドナーは、両親の教会の友達だったわ。だから実は彼女のことをいつも知っていた。そして、高校になって彼女がドナーだったと初めて知ったの。そして、両親に聞いたら、その都度、教えてくれた。両親は、私のペースに合わせてくれた。スクラップブックにも書き入れたわ。そして、彼女に会った。向こうの家族からも受け入れてもらえた。そしてhalf siblingに会えたのはとてもエキサイティングだったわ。そして向こうの家族のウェディングにも招待されたり。私の興味は、本当の母親を探すとかそんなんじゃない。ただ、遺伝的な母(genetic mom)だと思ってるだけ。育ててくれた人が私の母親だと思ってる。でも遺伝的繋がりがある人は他にいる。それが私の事実。

Mel:
知るのが遅かったせいか穴を埋める必要があった。母親に取って代わることはないけど、やはりドナーにはとても興味があった。特になぜ提供したのか、知りたかった。
私は、自分の両親とは似ていないし、妹とも似ていない。それが、遺伝子のランダムや違いなのか、父親の家系から来ているものなのか、それともドナーから来ているのか、知りたかった。
だから18歳になったとき、アプライしたの。でも母親の気持ちにはとても配慮したわ。まだ妹には事実を言ってなかったから。
だからそれは家族で議論になると思っていた。だから両親が妹に話すのまで待った。そして両親には言わずにアプライしたの。会ってくれるかどうかわからなかったけど、結果はとてもポジティブなものだった。
家族に伝えたら、父親は喜んだ、妹はエキサイティングして、そして母親はとてもナーバスだった。そして19歳のとき、シティでドナーにあったの。待ち合わせの時、向こうから歩いてくる女性をすぐにドナーだとわかった。自分に似ていたから。とても不思議な経験だった。彼女が近づいてきたとき、もうほとんど泣いていたと思う。そして彼女と3時間も話したと思う。彼女の家族の写真も見せてくれた。彼女とは奇妙な一致があった。音楽や小説に対する嗜好がとても似ていたから。


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by technology0405 | 2019-07-18 09:12 | Materials | Comments(0)

2019年6月1日 Australia International Surrogacy & Egg Donor Conference

司会: 米国で代理出産を依頼したGay DadのJonathan, ギリシアで代理出産を依頼したClarissa, ウクライナで代理出産を依頼したRebeccaに登壇してもらいます。

Jonathan:
35歳になったころ、40歳までには親になりたいと考えていた。ネットなどを見て情報収集していたけど、38歳頃から本気で考えた始めた。特に妹が2014、2015年頃に子供を作り、その思いがもっと強くなった。何もしなければ家族を持てないとわかっていたので、積極的に動き始めた。
情報収集に関しては、このカンファレンスに2015年16年17年と参加した。けど、あまりにもたくさんの選択肢と決めなければならないことがあって圧倒された。特に大変だったのは、不確定な要素をどう評価すれば良いのかということ。特に海外の面識がないエージェント、彼らがいうことが本当なのか嘘なのか、どうやってリスクを軽減したらいいのか、費用についても、彼らが言うコストと実際にかかるコストがどうなのかも心配だった。と言うのは、いろんな恐ろしい話を聞いていたからね。
よかったのは、パートナーの妹が卵子を提供してくれたこと。ただ、問題は彼女の年齢がその時34歳で、クリニックはお勧めできないと消極的だった。国内で最初やろうと思ったが、結局は米国でやることにした。
米国を選んだ理由は、それはやっぱりプロフェッショナルで全てが整っていたこと。全て合法で、子供を連れて帰るまでシステム化されていた。
エージェント探しは重大な決断だった。いくつか選択肢を絞っていって、エクセルのシートにコストやリスクなどなど全部並べて比較した。
アメリカでのドナー探しはとてもスムーズにいったよ。すでに成功歴があるproven egg donorをチョイスしたんだ。そして代理母、こちらも直ぐに見つかつた。エージェントとの契約では6ヶ月以内に代理母を見つけることになっていた。自分たちのケースでは5ヶ月半だったかな。そのエージェントでは代理母のスクリーニングは厳しくて2%しか合格しないそうだ。
代理母との関係は、emotionalなものだ。だから、難しいことも生じる。だから専門家が関わるべきだ。そして、子供が生まれた途端、突然親になって戸惑うこともあるかもしれない。そして、ああやっと終わったと思うかもしれない。でも、バイバイ、さよなら、とはいかない。それは終わりではない。子供への授乳で夜寝られない日が続くからね。エージェントはこの大変なプロセスを助けてくれる、だから親になることだけに集中できるんだ。
子供の市民権、パスポート発行もとてもスムースだったよ。3日で子供のパスポートを取得できたからね。親の欄は、father1、father2と言う風に書かれていたよ。そしてオーストラリアに帰ってからも手続きがある。子供にオーストラーリアの市民権を取らせるためだ。それは4週間かかったけれど、paper workだけで済んだ。そんなに難しくないよ。
さて、帰りの飛行機もちょっとした問題だ。何しろ乳幼児を連れているからね。でもカンタス航空の乗務員は親切にしてくれたよ。最前列に座らせてくれたり、色々気を使ってくれた。
代理母との関係は、自分たちの場合はゲイカップルだったので、そうでない人たちと比べてかなり違っているのではないかと思うよ。ラッキーだったのは最初の移植で成功したこと。でもそのあとは心配の連続だったよ、妊娠がうまく行くか、出産がうまくいくか、家に連れて帰れるのか・・・。だからクリニックとエージェント選びは重要だと思う。

Clarissa:
私の場合は、結婚が遅くて、自分が38歳、夫が43歳の時に結婚した。教育やキャリアを積んでから結婚して、子供を持ちたいと思うようになったの。そして結果は7回の流産。3回は自然流産。そのあとIVFをやって妊娠したけれど、また流産。自分の卵子が問題だと気付いた。色々検査したり自然療法を試してみたりもしたけど、結局卵子提供になった。3回卵子提供もやったわ。でも成功しなかった。ドナーは南アフリカで依頼した。うまくいかなかった原因は・・・私の卵子もあったけれど、夫の精子にも問題があったかもしれない。でもその時は知らなかった。7回目の流産の時、どん底だった。そして、最後の手段として代理出産を検討し始めた。前に進んだ理由はやっぱり子供を持って家族を完成したかったから。
最初はオーストラリアで代理出産を依頼したようと思ったわ。けどすぐに問題が発覚した。南アフリカにある12個の受精卵を諦めないといけないことがわかったから。そしてもう一つはドナー探し。国内では友人や親戚など自分で探さなければならない。だから海外に行くしかないと決めたわ。たまたま知り合いがいて、彼はタイでやったけどエージェントをやってて、ギリシアで開始し始めたばかりだった。エクセルも使って色々比較検討した結果、ギリシアがいいと思った。それはヨーロッパで10年以上も経験があるということが決め手になったわ。メキシコも考えたけど、帰れない人たちのニュースも知ってて、それで、少し高いけどギリシアに決めたの。高いといっても、そこまで高くはなかったし。ギリシアは観光地としても良いところよ。ただ南アフリカからギリシアに受精卵を運ぶのには時間がかかった。代理母を決めるため、ギリシアに渡航した。そして2人の代理母に面会して決めたわ。結局、南アフリカから持ってきた受精卵は2度とも失敗したの。そして夫の凍結精子と、ギリシアの卵子ドナーで作った受精卵を使ったけど、またうまくいかなかつた。結局、夫の精子もダメだということになって。そして精子ドナーを使った。だからギリシアでも結局、20ヶ月もかかったの。
子供が生まれてからの手続きについては、私たちはオーストラリア人として初めてのケースだったと思う。領事館はfood passportをとるように勧めてきたから。キャンベラに問い合わせても同じ答えだったわ。だから、ドバイを経由して連れて帰ることにした。とても神経質になっていたわ。そもそも、今までずっとローラーコースーターのような状態で、本当に感情的には大変だった。でももうそれも終わると思った。
帰りの飛行機では・・・娘はよく寝る方なので助かったわ。エミレーツ航空では消毒済みのボトルと人工乳も用意してくれたしね。


Rebecca:
私たちは8年間かかりました。私の場合も妊娠しては流産の繰り返しで、結局21回も体外受精をやったわ。そして8回の流産。代理出産では、私の卵子は使わなかった。まず、国内で代理出産をやることを考えた。そして3年の間に2人に代理母を依頼して5度の体外受精をやったわ。最後の失敗の連絡後、すぐに海外のエージェントに連絡して、6週間後に契約してその2ヶ月後にウクライナに渡航した。結局、提供精子も契約した。とにかくものすごいお金がかかった。夫がどう考えていたかわからないけど、私は自分の卵子でなくてもとてもポジティブな気持ちだった。ただ子供をもって家族として完成したかったので。
ウクライナは、米国の半分くらいの値段でできるわ。全部で2回の移植で、最初に渡航してから、1年ほどかかった。
代理母とは頻繁にやりとりしていたわ。でもやはり言葉の壁はあった。だから翻訳機が活躍したの。毎日、ただおはよう、元気?とかだけでもやりとりした。facebookやinstagramも使った。そして出産後、代理母が部屋に来て、さっと契約書にサインして、私たちと写真を撮って、直ぐに部屋から出て行った。彼女は自分を守るために、私たちと距離を置いているように感じたわ。でも、いい関係を築けていると思う。その夜、私たちは翻訳機を通して5時間も話したの。
代理母とは毎日話していると言ったけど、代理母の返事はそっけない時もあったわ。私の方は、彼女から連絡が2、3日でもないと、不安でしょうがなかった。
子供が生まれてから、手続きも含めて11週間滞在したの。向こうのクリスマスに当たっていたこともあって、通常より時間がかかったと思う。DNAサンプルをロンドンに送って実施したの。







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by technology0405 | 2019-07-12 11:51 | Materials | Comments(0)


2018 August
Australian Government response to the Standing Committee on Social Policy and Legal Affaires report: Surrogacy Matters.


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政府の委員会によるrecommendationに対する政府の回答が2018年8月に示された。

Recommendation1
商業的代理出産は禁止すべきである。

Response
基本的に賛同する

Recommendation2
利他的代理出産に関してオーストラリア全体で統一した法を作るべきである。

Response
基本的に賛同する

Recommendation3
Attorney-General は、Australian Law Reform Commission (ALRC)に対して、12ヶ月間に渡る利他的代理出産に関するinquiryを実施することを求める。

Recommendation4
代理出産で生まれた事実を出生証明書に記載すべきである。

Recommendation5
利他的代理出産に関する統一した法を検討するためにレポートを作成すること

Response
代理出産に関して、12ヶ月のinquiryを行うことを推奨する。

Recommensation6
利他的代理出産に関する情報提供を行うためのウェブサイトを開設すべきである。

Response
国内の利他的代理出産に関して信頼できる情報が必要だということは賛成する。

Recommendation7
海外代理出産を選ぶオーストラリア人についてのtaskforceが必要である。

Response
代理出産に関して子供の利益と代理母を搾取から守ることが重要であることに賛成する。

Recommendation8
海外代理出産に関して、相手国がどの程度基準を満たしているかを調査するため、省庁を超えたtaskforecが必要である。

Response
同意しない。

Recommendation9
移民法を改正して、海外代理出産で生まれた子の国籍取得を容易にすべきである。

Response
同意しない。

Recommendation10
オーストラリアはハーグ会議の国際私法を遵守すべきである。

Response
基本的に賛同する。





by technology0405 | 2019-07-10 17:32 | Materials | Comments(0)
各国のARTに関する資料や記事を集めています (※ このブログに書かれている情報の信ぴょう性は各自でご判断ください)