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2019年8月10日

卵子提供で母親になったJake
5年ほど前に双子を妊娠したの。卵子提供で3人の子どもがいるわ。6歳になるRose, 4歳になる双子のJackとMeggie。31歳の時から体外受精を始めて6サイクルもやったけど、結局妊娠しなかった。卵子提供をやって4人もの卵子ドナーを依頼して5サイクルの体外受精をやったわ。21週くらいで3回も流産した。体外受精を始めたのは、今から11年前の話になるわ。子どもたちには生まれた時からオープンにしている。ストーリーブックを作って、話している。家族内では共有しているけど、家族以外には話せていない。
あるとき、夫の仕事関係の友人を呼んでディナーパーティーをやったの。そしてある女性が、私と子どもたちは似ていないわねといった。
私は卵子提供だと言えばいいと思ったけど、夫の顔を見ると凍り付いていた。だから私も彼も何も言えなかった。帰り道に尋ねたら、彼は何っていいかわからなかったといったわ。でも私はとてもオープンな人間だから。その夜は彼と議論になった。
もしシングルなら、周囲の人たちには話すことになるだろうとも思った。それで、VARTAに連絡してみたの。Kateと電話で話した。そして、教えてもらったビデオも見たわ。その女性は、8歳の時に精子提供で生まれたことを知ったみたい。夫にも子どもたちにもビデオを見せた。そして全てが変わった。
私はオープンだけれど、誰にでも話す必要があるとは思っていない、例えばスーパーマーケットであった人ととかには話す必要がない。だからたくさん判断してきたわ。必要な人だけに話すようにしている。私はここで自分のストーリーを話したけど、Rose、Jack, Maggieにもそれぞれ自分のストーリーを語って欲しいと思っている。
一番上の娘は、DNAについて理解しているので、卵子ドナーや精子ドナーの意味もわかっている。娘は友達にはこのことはいっていない。そんな興味がないといっている。でも、娘にその準備ができたら、私は手助けしようと思っている。

匿名精子ドナー
自分は匿名で精子を提供していた。そして30年もの間、ずっと匿名だったんだ。でも今は完全に変わった。法律が変わって、ドナーの情報がオープンになったからね。自分が精子を提供したのは80年代半ばの頃だった。実は、精子ドナーになるというのは妻のアイデアだったんだ。妻はは今日ここにも来ているよ。だから保証人のようなものだ。彼女はABCか何かのラジオ放送で医師のインタビューを聞いて、それを思いついたみたいだ。それで私はたくさんの検査を受けて、精子ドナーになれた。そのとき、自分を含めてメルボルンには13人のドナーしかいなかった。たくさんの書類にも記入した。その一つが、non-idetifying informationというものだ。それで書いたのは、数学が苦手だということ、絵を描くのが好きでスポーツが得意だと書いた、あとは忘れたかな? そのあと、この提供の結果はどうなったんだろうととても興味が湧いたんだ。それである日、電話がなった。それはBirths, deaths, and marriagesの女性からのものだった。
彼女は、子どもに会いたいかといったんだ。自分はその時ちょっと待って、といった。そして1989年にSarah, Robbyが生まれていることを知ったんだ。12日後に、彼らとあった。彼らにとってとてもexcitingもな出来事だったと思うよ。Robbyは、いつ知ったか覚えていないといっていた、多分3歳くらいだろうと。最初から知っていたと。それでドナーにあう事をとても楽しみにしていたと。18歳の誕生日ブレゼントとして、このミーティングを父親と母親にセッティングしてもらった。それでとても興奮していたね。
Sarahはまた全然ちがう性格だ。彼女はもっとプライヴェートな性格で、メイルと電話からゆっくりと進んでいった。彼女がいった事で興味深かったのは、自分の絵画への関心がどこからきたか理解できたと話した事だ。彼女の家族にはそういった特性がないらしい。それで絵画をメールで交換した。5分後には互いの絵を交換していたよ。彼女は象の絵を送ってくれた。そのあと、Sarahに会った。彼女とはたくさんのメールを交換した、いろんな事を話したよ。Sarahはティーンエイジャーで、この事を受け入れるのが少し難しそうな感じだった。
彼らとの関係は、親としてのものでいないよ。だからRobbyとは女の子の話もした。どうやって女の子をモノにするかとか。自分は10代の時はとてもシャイだったといったら、彼もそうだといったね。それ以外では、健康や医学的な情報についても交換したよ。向こうはとてもそのことに関心を持っていたし、私には相手の家族の側のことも知って欲しいという感じだった。そういうオープンさが好きだ。
自分にはオーストラリア以外に3人の子どもがいるみたいだ。いつも日があう時があるのかどうかわからないけど。

卵子提供で生まれたMel
8歳の時に、自分がどうやって生まれてきたかを知った。そしてドナーにとても興味があって。私は家族とは違っていると感じていた。18歳の時、親には内緒でBirth, Death, andMarriagesに行って、ドナーのことについて知るために連絡した。そこで、書類に記入して、同意して。そして突然その日がやってきた。ドナーと会った気持ちは、とても妙だった。2-3時間も話した。私はミュージシャンで、私のドナーはといえば、コーラスに関心があると言った。私はサクソフォンを演奏する。クラッシックが好き。コーラスも歌う。
私のママはとても保守的なカトリック教徒で。私がドナーにコンタクトをとる事をとても不安がっていた。
私が小さい頃から、ママはそのことをとても不安がっていることを知っていた。だからずっと、ママの気持ちとバランスすることを考えてきた。そしてママがドナーに会いたくないし来ないということをいうのではないかと思っていた、だから待つ必要があった。
そして実際にドナーに会うことを告げたとき、ママはとてもショックを受けていた。
ドナーとの面会には、ママも同席した。涙を流して、ドナーにありがとうと言ってハグした。その瞬間のことを忘れられない。



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# by technology0405 | 2019-09-16 09:31 | Materials | Comments(0)
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