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依頼親のパネル〜代理出産カンファレンス in メルボルン

2019年6月1日 Australia International Surrogacy & Egg Donor Conference

司会: 米国で代理出産を依頼したGay DadのJonathan, ギリシアで代理出産を依頼したClarissa, ウクライナで代理出産を依頼したRebeccaに登壇してもらいます。

Jonathan:
35歳になったころ、40歳までには親になりたいと考えていた。ネットなどを見て情報収集していたけど、38歳頃から本気で考えた始めた。特に妹が2014、2015年頃に子供を作り、その思いがもっと強くなった。何もしなければ家族を持てないとわかっていたので、積極的に動き始めた。
情報収集に関しては、このカンファレンスに2015年16年17年と参加した。けど、あまりにもたくさんの選択肢と決めなければならないことがあって圧倒された。特に大変だったのは、不確定な要素をどう評価すれば良いのかということ。特に海外の面識がないエージェント、彼らがいうことが本当なのか嘘なのか、どうやってリスクを軽減したらいいのか、費用についても、彼らが言うコストと実際にかかるコストがどうなのかも心配だった。と言うのは、いろんな恐ろしい話を聞いていたからね。
よかったのは、パートナーの妹が卵子を提供してくれたこと。ただ、問題は彼女の年齢がその時34歳で、クリニックはお勧めできないと消極的だった。国内で最初やろうと思ったが、結局は米国でやることにした。
米国を選んだ理由は、それはやっぱりプロフェッショナルで全てが整っていたこと。全て合法で、子供を連れて帰るまでシステム化されていた。
エージェント探しは重大な決断だった。いくつか選択肢を絞っていって、エクセルのシートにコストやリスクなどなど全部並べて比較した。
アメリカでのドナー探しはとてもスムーズにいったよ。すでに成功歴があるproven egg donorをチョイスしたんだ。そして代理母、こちらも直ぐに見つかつた。エージェントとの契約では6ヶ月以内に代理母を見つけることになっていた。自分たちのケースでは5ヶ月半だったかな。そのエージェントでは代理母のスクリーニングは厳しくて2%しか合格しないそうだ。
代理母との関係は、emotionalなものだ。だから、難しいことも生じる。だから専門家が関わるべきだ。そして、子供が生まれた途端、突然親になって戸惑うこともあるかもしれない。そして、ああやっと終わったと思うかもしれない。でも、バイバイ、さよなら、とはいかない。それは終わりではない。子供への授乳で夜寝られない日が続くからね。エージェントはこの大変なプロセスを助けてくれる、だから親になることだけに集中できるんだ。
子供の市民権、パスポート発行もとてもスムースだったよ。3日で子供のパスポートを取得できたからね。親の欄は、father1、father2と言う風に書かれていたよ。そしてオーストラリアに帰ってからも手続きがある。子供にオーストラーリアの市民権を取らせるためだ。それは4週間かかったけれど、paper workだけで済んだ。そんなに難しくないよ。
さて、帰りの飛行機もちょっとした問題だ。何しろ乳幼児を連れているからね。でもカンタス航空の乗務員は親切にしてくれたよ。最前列に座らせてくれたり、色々気を使ってくれた。
代理母との関係は、自分たちの場合はゲイカップルだったので、そうでない人たちと比べてかなり違っているのではないかと思うよ。ラッキーだったのは最初の移植で成功したこと。でもそのあとは心配の連続だったよ、妊娠がうまく行くか、出産がうまくいくか、家に連れて帰れるのか・・・。だからクリニックとエージェント選びは重要だと思う。

Clarissa:
私の場合は、結婚が遅くて、自分が38歳、夫が43歳の時に結婚した。教育やキャリアを積んでから結婚して、子供を持ちたいと思うようになったの。そして結果は7回の流産。3回は自然流産。そのあとIVFをやって妊娠したけれど、また流産。自分の卵子が問題だと気付いた。色々検査したり自然療法を試してみたりもしたけど、結局卵子提供になった。3回卵子提供もやったわ。でも成功しなかった。ドナーは南アフリカで依頼した。うまくいかなかった原因は・・・私の卵子もあったけれど、夫の精子にも問題があったかもしれない。でもその時は知らなかった。7回目の流産の時、どん底だった。そして、最後の手段として代理出産を検討し始めた。前に進んだ理由はやっぱり子供を持って家族を完成したかったから。
最初はオーストラリアで代理出産を依頼したようと思ったわ。けどすぐに問題が発覚した。南アフリカにある12個の受精卵を諦めないといけないことがわかったから。そしてもう一つはドナー探し。国内では友人や親戚など自分で探さなければならない。だから海外に行くしかないと決めたわ。たまたま知り合いがいて、彼はタイでやったけどエージェントをやってて、ギリシアで開始し始めたばかりだった。エクセルも使って色々比較検討した結果、ギリシアがいいと思った。それはヨーロッパで10年以上も経験があるということが決め手になったわ。メキシコも考えたけど、帰れない人たちのニュースも知ってて、それで、少し高いけどギリシアに決めたの。高いといっても、そこまで高くはなかったし。ギリシアは観光地としても良いところよ。ただ南アフリカからギリシアに受精卵を運ぶのには時間がかかった。代理母を決めるため、ギリシアに渡航した。そして2人の代理母に面会して決めたわ。結局、南アフリカから持ってきた受精卵は2度とも失敗したの。そして夫の凍結精子と、ギリシアの卵子ドナーで作った受精卵を使ったけど、またうまくいかなかつた。結局、夫の精子もダメだということになって。そして精子ドナーを使った。だからギリシアでも結局、20ヶ月もかかったの。
子供が生まれてからの手続きについては、私たちはオーストラリア人として初めてのケースだったと思う。領事館はfood passportをとるように勧めてきたから。キャンベラに問い合わせても同じ答えだったわ。だから、ドバイを経由して連れて帰ることにした。とても神経質になっていたわ。そもそも、今までずっとローラーコースーターのような状態で、本当に感情的には大変だった。でももうそれも終わると思った。
帰りの飛行機では・・・娘はよく寝る方なので助かったわ。エミレーツ航空では消毒済みのボトルと人工乳も用意してくれたしね。


Rebecca:
私たちは8年間かかりました。私の場合も妊娠しては流産の繰り返しで、結局21回も体外受精をやったわ。そして8回の流産。代理出産では、私の卵子は使わなかった。まず、国内で代理出産をやることを考えた。そして3年の間に2人に代理母を依頼して5度の体外受精をやったわ。最後の失敗の連絡後、すぐに海外のエージェントに連絡して、6週間後に契約してその2ヶ月後にウクライナに渡航した。結局、提供精子も契約した。とにかくものすごいお金がかかった。夫がどう考えていたかわからないけど、私は自分の卵子でなくてもとてもポジティブな気持ちだった。ただ子供をもって家族として完成したかったので。
ウクライナは、米国の半分くらいの値段でできるわ。全部で2回の移植で、最初に渡航してから、1年ほどかかった。
代理母とは頻繁にやりとりしていたわ。でもやはり言葉の壁はあった。だから翻訳機が活躍したの。毎日、ただおはよう、元気?とかだけでもやりとりした。facebookやinstagramも使った。そして出産後、代理母が部屋に来て、さっと契約書にサインして、私たちと写真を撮って、直ぐに部屋から出て行った。彼女は自分を守るために、私たちと距離を置いているように感じたわ。でも、いい関係を築けていると思う。その夜、私たちは翻訳機を通して5時間も話したの。
代理母とは毎日話していると言ったけど、代理母の返事はそっけない時もあったわ。私の方は、彼女から連絡が2、3日でもないと、不安でしょうがなかった。
子供が生まれてから、手続きも含めて11週間滞在したの。向こうのクリスマスに当たっていたこともあって、通常より時間がかかったと思う。DNAサンプルをロンドンに送って実施したの。







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by technology0405 | 2019-07-12 11:51 | Materials | Comments(0)
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