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卵子提供と「出自を知る権利」

先進国では晩婚化・晩産化が進んでおり、加齢を理由とする卵子提供を希望する女性が増加している。日本もその例外ではなく、近年、卵子提供によるものと思われる超高齢出産が急速に増加している。

卵子提供で子どもを妊娠出産する場合、いうまでもなく生まれてくる子どもと妊娠出産する女性とは遺伝上の繋がりがない。卵子提供は、依頼者の卵子を受け入れて妊娠出産する代理出産の逆パターンであるといえる。卵子提供では、遺伝的に異なる女性の卵子を受け入れ、自らの胎内で育て上げ、分娩を行う。その後の子育てにも慣習上、主に女性が関わるケースが多い。卵子提供が母子関係に与えるインパクトは、精子提供の場合よりももっと大きい可能性がある。

育ての親と子どもが遺伝的関係がない場合、そのことが子どもにどのような影響を及ぼすことになるのかを考えるために、養子のケースや精子提供のケースは先行例として参考になる。一方、卵子提供の特殊性もある。それは、遺伝的母親と産みの母親が別個の人間になるという事実である。これまで、養子のように産みの母親と育ての母親が異なる人間となるケースはいくらでも存在したが、子どもの生命の誕生に関わる女性が二人以上存在するという事態はなかった。この事実が母子関係や家族関係、ひいては子どもの自己認識にどれだけ影響を与えることになるのか。現時点では推測にすぎないが、精子提供で生まれた女性による次の発言が参考になる。

「卵子提供や代理出産は、精子提供よりももっと悪いと思う。母親・母性が分離するのは本当によくない。子どもと母親は特別な関係で結びついている。養子の子どもでも、実の父親には興味がなくても産みの母親には興味を持つと思う」
(精子提供で生まれたイギリス人女性,50代)

子どもにとって、母親は(父親とは比べものにならない位)特別な存在であるという。「母性」は子どもにとって自己に絶対的な安心感を与えるべき拠り所であり、「母性」が複数化することは、子どもから心の拠り所を奪い、大きなダメージを与えることだと彼女は主張している。

彼女は精子提供の当事者であるが、卵子提供の当事者ではない。彼女の主張には肯首できる点もあるが、必ずそうなると言い切れるわけでもない。産みの母親が育児に深くコミットすることが当然視される伝統的家族を前提とするなら、そのようなリスクや懸念は確かに存在しうる。しかし、卵子提供は、伝統的家族とは異なる新たな家族を創造するものである。それは例えば、、子どもと遺伝的つながりがある父親の育児参加を促すことができるかもしれない。
 
卵子提供が新たな可能性に開かれている一方で、国内に目を向けたとき、むしろ伝統的家族の中で卵子提供が要請されているという現実にも直面する。以下はウェブサイトの書き込みである。

「最近、夫が本気で卵子提供を受けたいと言い出しました。
でも、私はどうしても厭なんです。何度目かの話し合いで、夫がぽろっと「◯◯も我執を捨てて・・」と言いました。その途端、私は爆発してしまいました。卵子提供などという不自然なことをしてまで、他人の子を産みたくないという私の気持ちが”我執”なら、厭がる妻に卵子提供までさせても自分の子を持ちたいというあなたの気持ちは我執ではないのか!」「夫婦双方の血を引かない”養子”ではなく、あえて妻に無理強いして、卵子提供で自分だけの血を引く子を得ようとする気持ちは”我執”ではないのか?」と。治療の過程で、仕事を辞めてしまったことも悔やまれます。本当に悔しいです」
(babycomより引用、一部筆者改変)

家族のプレッシャーにより押し付けられた卵子提供によって女性が納得しないまま子どもを産んだとき、その後、母子関係に暗い影を落とすことに繋がりかねない。女性は卵子提供(や精子提供)の結果を自身の身体で引き受ける当事者であるため、女性による真に自発的な同意が不可欠である。 

だがしかし、この技術の最大のジレンマは、最も主要な当事者である子どもの同意をとることができないことである。卵子提供による妊娠出産が世界で初めて行われたのは1983年のことであり、最年長の子どもは現在、30歳を超えている。しかし、現在、出自を知る権利を求めて声を挙げている人々の多くが、精子提供で生まれた人々であり、卵子提供で生まれた人の声はまだほとんど聞こえてこない。

卵子提供の事実を子どもにも周囲にもオープンにしていると話すオーストラリア在住の女性は、次のように述べる。

「38歳で結婚した。アメリカの女優とか見ていて40歳以上で子どもを産んでいる人もたくさんいたので、自分も問題なく妊娠できると思っていた。本当は彼女たちは卵子提供を使っていたのだということを知らなかった。それで、妊娠したいと思ったときに妊娠せず、IVFを受けることになった。何度も何度もやった。しかし、結局自分の卵子での妊娠を諦めることになった。卵子ドナーを探しまわった。夫の元婚約者に双子の姉妹がいた。彼女がすぐに「いいよ」といってくれた。自分としては時間もなかったので、すぐに受け入れた。運良く、すぐに妊娠した。次の時は凍結保存してあったものを移植した。その時もすぐに妊娠した」
 (卵子提供で二人の子どもをもったオーストラリア在住の女性、50代)
 
自分の卵子での妊娠を諦めるのが辛かったこと、しかし前向きに卵子提供を受け入れたことが伺える。

「自分は子どもが2-3歳で座れるようになってから本(Sometimes it takes three to make a baby)を読み聞かせていた。長男は、最近、精子と卵子はどうやって一緒になるのかと聞いてきた。それで自分は「医師がやる」と答えた。その絵本は子どもたちのお気に入りで何度も何度も読み聞かせた。子どもたちはまだ明確に遺伝的つながりの意味を理解していないようだ。しかしほかにdonor siblingsが存在すること(※ドナー自身にも子どもがおり、その子どもたちと血が繋がっていること)に気がついている。しかし、今は別の遊びに関心があり、このことにはそれほど関心がない。高校生くらいになって生物学を学べばはっきりと理解するようになると思う」
 (卵子提供で二人の子どもをもったオーストラリア人女性、50代)

彼女は、卵子提供のことを決して隠し立てせず、周囲の人々にも子どもに対してもオープンに徹している。ドナーの家族とも行き来がある。彼女の子どもの一人にはアレルギーがあるため、ドナーに体質を尋ねることもあるという。親にとってもドナーが知っている人であれば安心感がある。子どもの遺伝的なバックグラウンドを知ることは親にとっても有益であり、必要があればいつでもコンタクトを取れるドナーを探すことが好ましいと考えている。

彼女は、子どもがまだほんの幼い頃から絵本を用いて何度も読み聞かせた。子どももその絵本を気に入っているということは、子どもたちがポジティブに受け止めた証拠であるといえるだろう。しかし、まだまだ無邪気な年齢である。告知は、子ども理解度に応じて何度も繰り返し行っていくことが必要になる。その過程で、男女の関係からではなく、体外受精という技術を用いて生まれたこと、そして、卵子は母親のものではなく、顔見知りの女性のものであることの意味を子どもがはっきりと認識したとき、改めてショックを受けたり傷ついたりする可能性がないとはいえない。しかしたとえそうであっても、幼い頃から何度も聞かされてきたストーリーであるために、突然知らされた場合に比べてその負の影響は緩衝されるはずである。

だが、親の側が最大限の誠意をもって接したとしても、子どもが自らの出自を受けとめることができず、思春期以降、親を責めるというような場面に遭遇する可能性もある。そうした可能性があることは、考えておかなければならないことである。

精子提供で生まれた子どもで、理不尽な状況の中で突然に知らされたというような場合、親、とりわけ母親を責めるという気持ちが生じるようだ。他方、父親は「遺伝的には他人」であるために同情の対象ではあっても不満の矛先には選ばれにくいという現象も見られる。卵子提供の場合はどうだろうか。卵子提供では、母親は、「遺伝的にも生物学的にも100%の母親」ではないために、母子関係に距離が生じることになり、子どもが安心して自我をぶつけることができないという現象が生じるかもしれない。しかしこれは、悪いことばかりではない。多くの家庭で母子関係が密着しすぎることの弊害が指摘されており、適度な距離感は母子関係を良好なものに導く可能性もあるからである。精子提供や卵子提供が子どもにとって持つ意味は、子どもの性別によって異なる可能性がある。

昨今、成人した当事者の助言に従い、精子提供や卵子提供の事実をできるだけ早い時期から子どもに告知することが推奨されている。告知を決意した親は、こうした声に誠実に向き合っていると評価できる。しかし、一方では、告知され、内心ショックを受けたことを親に隠す子どももいる。この場合、子どもの存在論的な不安は、より内向していくことになる。大人から見て、子どもが受け止めたように見えていたとしても、実際はそうではないかもしれない。成人した当事者や専門家の助言に従い、勇気をもって告知したからといって全てが解決し、うまくいくとは限らない可能性も考えてみるべきである。

精子提供で生まれた世界各国の当事者たちが声を挙げており、この技術が、子どもから見て、どのような問題点があるか、徐々に見えてきている。彼らの主張には、ある種の普遍性が認められる。一方、卵子提供は精子提供とは異なる面があり、卵子提供で生まれた当事者の経験は明らかになっていない。いずれにしても、自然妊娠で子どもを持つ場合に比べて、精子提供や卵子提供、そして代理出産には伝統的なモデルがない分、異端視されており、周囲の人々が偏見を持っているという事実が、当事者にとって一層リスクを高めている。人々によく知られていない方法によって子どもを持つことは、社会実験的な要素を不可避的に持つことになる。そして、その負担や結果を引き受けることになるのは、生まれてくる子どもである可能性が高いことも、親としては考えておかなければばならないことである。


※)この記事の一部は、「厚生労働省平成26年度児童福祉問題調査研究事業  諸外国の生殖補助医療における出自を知る権利の取扱いに関する研究」によるものです。


厚生労働省 年齢階級別分娩件数

Babycom

Sometimes it takes three to make a baby


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by technology0405 | 2016-04-19 13:38 | Discussion | Comments(0)
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