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代理出産と「出自を知る権利」

一般に、出自を知る権利は、精子提供や卵子提供など、子どもを育ている親とは別に、遺伝的親が存在する場合に問題になる。このため、養子の子どもにも出自を知る権利がある。国内では、養子の事実は戸籍に記載されるため、出自を知る権利は認められていると考えられる。
 
一方、代理出産では、依頼者自身の精子や卵子、あるいは依頼者がオーダーした精子や卵子が用いられ、代理母と子どもの間に遺伝的関係がないことがほとんどである。このため、出自を知る権利はあまり唱えられてこなかった。しかし、出自を知る権利とは本来、誰が遺伝的父母であるかという事実だけでなく、自らがどのようにして生まれてきたかを知る権利もふくまれているはずである。代理出産で生まれてきた事実の開示や、代理母がどこの誰かを知ることもまた、「出自を知る権利」に包まれるといえるだろう。

近年、エピジェネティクスなど、新しい科学的知見が発表され、胎児は母体から分子レベルで影響を受けていることが知られている。この知見は、代理出産においても、遺伝的真実を知る権利が成立することを示唆する。

エピジェネティクスとは何か。エピジェネティクスが代理出産に与える影響に関して、次のように報告されている。

「動物実験を含めた基礎的研究において、妊娠中の母体から子への物質の移行にともない、移行物質の直接作用及び DNA 配列の変化を伴わない遺伝情報の変化(エピジェネティック変異)により出生後の子の健康状態に影響が及ぶことが示唆されている。特にエピジェネティック変異による影響は、思春期以降に発現する生活習慣病など晩発的なものも少なくないことが指摘されており、長期間にわたる観察が必要な場合が多い」
日本学術会議 2008 『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題−社会的合意に向けて−』

エピジェネティクスにより、胎児は代理母から健康に関わる重大な影響を受けていることが示唆されている。

一般に、子どもの外見や体質などに与える影響においては、精子や卵子といった生殖細胞の役割が決定的に重要であると理解されている。このため、代理出産において代理母は子どもに影響を与えることはなく、代理母はただの入れ物に過ぎないという見解すらある。しかし、事実は全く異なる。妊娠中の女性の過度の飲酒や喫煙(受動喫煙を含む)、薬物摂取などが子どもの健康に有害な影響を与えるということは、従来から広く知られてきた事実である。その経路の説明として、妊娠中の喫煙が、胎児のDNAに変化を与えることも最近の研究によりわかっている。そもそも、妊婦の血液には、胎児由来のDNAが含まれており、出生前診断では、妊婦の血液を調べることにより胎児の障害の確率を調べることもできる。さらには、妊娠出産する女性の遺伝子が胎児に伝わるということもわかってきた。このように、妊婦と胎児は遺伝子レベルでも繋がっているということは、今や常識となっている。

このような観点を踏まえたとき、海外で異なる人種の女性に代理出産を依頼することや、代理出産で生まれてきた子どもの出自を知る権利については、どのように理解できるだろうか。

インドやタイなどで人種が異なる女性に代理出産を依頼したからといって、異人種である代理母の外観が子どもに継承されるというようなことはない。つまり、あくまでも精子や卵子の持ち主の遺伝的特徴が子どもにも継承されることは言うまでもない。

しかし、実際のところ、エピジェネティクスを始めとする分子レベルでの物質の移行が、異なる人種間で生じた際にどのような影響があるのかは、不明である。そもそも、胎児は、遺伝子レベルで代理母の影響をどの程度受けているのか、定量化されてはいない。その影響関係は産みの母親と子どもの間に、数年に渡って生物学的な痕跡として残ると主張する研究者もいる。

いずれにしても、たとえ代理母が、子どもに対し何ら情緒的に結びついていなくとも、代理母と子どもは、物質レベルで結びついているという事実は消し去ることができない。その証拠に、依頼者は代理母の妊娠中の生活環境に対して非常に注意を払っており、そうした依頼者の意向を汲み、クリニックやエージェントでは、代理母のケアを行う専用の施設を用意するなどしている。

このように考えたとき、子どもにとっては、代理出産の事実とともに、産みの母親の情報は単なる情緒レベルを超えて重要だといえる。現時点では明らかにされていない科学的知見が将来、明らかになることによって、産みの母親の情報の重要性が増す可能性もある。現に精子提供で生まれた人々からは、ドナーの人柄を知りたいという要求のほかに、自分の病質を知るために、ドナーの遺伝的背景を知りたいという要求を持つ人もいる。出自を知る権利を認める立場からは、代理出産のケースについても、子どもにはその事実を告げることが必要であるし、産みの親がどこの誰なのかといった個人に関わる情報を子どもに提供することも必要である。

イギリスやオーストラリアなど、国内で代理出産を認めて実施している国では、代理出産で生まれた子どもの親権を依頼者が得る際に、養子縁組や裁判所の命令に依っているために、代理出産の事実や代理母の情報について、公的記録の中に何らかの手がかりが残されてると考えられる。このため、代理出産における出自を知る権利はすでに保障されているとも考えられる。

また、告知する側からみたとき、依頼者の精子と卵子を用いている場合、代理出産の事実を子どもに告知することへの心理的障壁は低い可能性がある。それは、一般に遺伝的関係の方が圧倒的に重要であると考えられていることに由来する。このため、たとえば代理出産の事実を告知していても、その際に提供卵子を用いていることは子どもに隠している親が多いという研究結果もある。つまり、遺伝的関係こそが真実の親子関係であるという文化的規範を親子ともに共有していれば、代理出産の事実を告知したとしても、その事実によって子どもに葛藤が生じる可能性は、(精子や卵子の提供に比べれば)極めて少ない可能性がある。
  
海外で代理出産を利用した場合、DNA検査を行って親子関係を証明して、子どもに母国の国籍を与え、入国させるケースが少なくない。現地の領事館で代理母が同意書にサインする必要もある。このケースでも公的書類上、代理出産の事実について何らかの手がかりが残される可能性が高い。他方、何らかの意図をもって調べなければ代理出産の事実を見つけ出すことは難しいともいえる。一方、依頼者の名前を記載した出生証明書を入手し、それを母国側に提出して手続きを行っているケースもある。代理母の情報が出生証明書にない場合、代理出産の事実はより見えにくくなる。それでも、海外で発行された出生証明書である限り、子どもが海外で生まれたという事実はどこかに残るだろう。代理母がどこの誰なのか、という代理母の個人情報については、クリニックに情報が残されている可能性があるが、時間的経過とともに散逸する可能性もある。契約書に代理母の名前や住所などの記載がなされているケースもあり、これらの情報を手かがりに探索が可能かもしれない。

精子や卵子の提供では、DNA検査という方法が確立されており、たとえドナーが名前を変えたり別の場所に移動していたとしても遺伝的つながりを明らかにすることができる。一方、代理母と子どものつながりを探索する科学的方法はまだ確立されていない。しかし、依頼親が子どものために代理母の情報をキープしておく意図さえあれば、代理母を見つけ出すことは容易である。電話やメール、facebookなどのメディアがあれば国境を超えてコンタクトを保つことは可能である。だが、精子や卵子ドナーの情報は子どもの体質や遺伝的な病気を知るために重要であると考える親がいる一方で、代理母の情報はそれほど重要ではないと考える親もいると考えられ、代理母の情報は大切にされない可能性もある。

もちろん、よりオープンな社会では、子どもが生まれた後も、代理母との交流を好む依頼者もいる。特に、ゲイカップルなどのケースではその傾向が強いようだ。だが一方で、依頼者と人種や、言語、生活環境が異なる異国の代理母の場合は、依頼者との交流が長続きしないケースも多いと考えられる。
 
代理出産のケースでも、配偶子提供の場合と同じように、子どもは代理出産で生まれた事実を知る権利を持つはずである。代理母の情報が生物学的にどの程度、重要であるかは未知の部分もある。たとえ海外で代理出産が行われたとしても、代理母に全く面会しないまま、受精卵を移植し、9ヶ月後に生まれてきた子どもを連れて帰るというケースは少ないはずであるし、またそうであってはならない。子どもの産みに関わった女性を依頼者が大切に扱うことで、子ども自身もまた自分が尊重されていると感じることができるだろう。逆に、異国の貧しい女性に金銭を払うことで妊娠出産の負担を引き受けてもらい、日々の育児に追われる中でその後、何のコンタクトも試みないとすれば、それは依頼者の怠慢である。このようなことは、異国の代理母が捨てられたことを意味するだけでなく、それを知った子どももまた、自分自身が捨てられたように感じるかもしれない。

精子や卵子は凍結したり輸送したり、モノのように扱うことができ、匿名性が高いという特性がある。また、精子は何度でも提供できるため、近親婚を防ぐために提供回数の制限などが必要となってくる。これらは個人で対応することが難しく、公的な機関が統制することが好ましい。一方、代理母の情報は依頼者の意思によって収集することができ、代理母とのコンタクトを保つなどの努力をすることで、子どもの出自を知る権利を確保することが可能である。代理出産で生まれた子どもの出自を知る権利を保障できるかどうかは、依頼者の心がけに依るところも大きい。



日本学術会議 2008 『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題−社会的合意に向けて−』

胎児のDNA、妊婦の喫煙で変化、大規模調査で確認

他人の卵子で妊娠した子どもに、産みの母親の遺伝子が伝わる


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by technology0405 | 2016-04-27 13:01 | Discussion | Comments(0)
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