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「アジアの最貧国」の現実

カンボジア調査報告

カンボジアは人口約1,500万人、一人あたりのGDPが1,000ドルほどという「アジアの最貧国」の一つである。しかし首都プノンペンでは、瀟洒な門構えの邸宅が立ち並び、高級車の姿も目につく。政治家、高級官僚、国内外の事業家などの富裕層である。
 東南アジアの中進国、タイで2015年に商業的代理出産が禁止され、行き先に困ったエージェントの次の標的になったのがカンボジアであった。カンボジアでは、2014年9月に初めてのIVFクリニックが設立されたばかりである。体外受精はこの国にとって全く新しい技術であり、当然ながら法規制も全く存在しない。急遽、タイのクリニックに保管されていた受精卵を移動し、タイ人やカンボジア人代理母への移植がカンボジアのクリニックで行われてきた。New Lifeがカンボジアに支店をひらいた2015年3月以降、これまで100組以上が移植を行ったのではないかといわれている。
 カンボジアでは人身売買は厳しい処罰をもって禁止されている。商業的代理出産は人身売買として処罰されるという警告が、カンボジア当局からオーストラリア政府などに向けて発せられている。既に何人かのカンボジア人代理母が妊娠していると思われるが、出産を迎えた代理母はいない。カンボジア人代理母が出産後、依頼者はどのようにして子どもを母国に連れてかえることができるのか、法的手続きがスムースに運ぶかどうかは未知数である。このため、カンボジアはリスクが高い渡航先となっている。その後、タイに続いて、2015年10月にネパールでの代理出産の道が閉ざされたことにより、安価な渡航先の選択肢が限られてきており、リスクを犯してでも代理出産を依頼しようとするクライントはいる。世界的な代理出産エージェントのNew Lifeはカンボジアに支店を開いたものの、その場所は点々と移動している。New Lifeはゲイカップルを始め、数組のクライアントをまとめて送ってくるため、現地の人々の目につきやすい。このため既に警察から目をつけられており、度々事務所に踏み込まれ、賄賂を要求されるいといった事態が生じている。こうした警察による介入が、個々の依頼者に対して行われないとの保証はない。ただし、たとえ何らかのトラブルに巻き込まれたとしても、カンボジアに蔓延する拝金主義と政治的腐敗が代理出産の依頼者にとって有利に働くことは容易に想像できる。
 カンボジアで代理母のリクルートにかかわるエージェントの男性は、元々は政府の貿易関係の機関で働いていたという。タイ人の友人から代理出産について聞いたときは「驚いた」という。現在、前職を辞め、この仕事をやっている。このエージェントでは、代理母をリクルートし海外のエージェントに紹介するまでが仕事である。代理母の紹介一人につき、400〜700ドルが彼らの報酬になる。紹介した後のことは、このエージェントは一切、関与しない。
 代理母となる女性は知り合いなどのつてをたどって、口コミで探していく。男性が誘うと女性から警戒される可能性があるのではないかとの質問に対し、「代理母になれる女性を探しているので知り合いを紹介してほしい」という言い方をするという。そうすれば「自分がやりたい」と言ってくるのだという。代理母は、離婚した35歳までの女性で、酒、タバコをやらないこと、借金がないことが条件となっている。女性には技術を使って妊娠することや依頼者の精子や卵子を使っているので子どもは遺伝的関係がないことなど、一通り説明するという。また、お金をもらってやっていることは公言しないよう女性に指導しているという。金銭が絡むと人身売買として処罰される可能性があるからである。
 代理母候補の女性(35歳)は、プノンペン郊外の出身。離婚して3歳の息子がいるが、離婚した夫に引き取られ、今は親と一緒に住んでいるという。工場で働き、1ヶ月200ドルの給料を得ている。前の結婚でひどい目にあったので、もう結婚はしたくないという(カンボジアでは離婚した女性が再婚できる可能性は極めて低い)。代理出産の仕事のことを聞いたとき、彼女は「嬉しかった」といい、それまで暗かった顔はぱっと明るくなった。代理出産の報酬は1万ドルである。つまりは、彼女の月給の50倍にあたる。妊娠に成功したら毎月500ドルを受け取り、最後に残りの5,500ドルを受け取ることになっている。エージェントの男性によれば、夫がいる女性のお腹が大きくなれば周りの住人は不審に思うかもしれないが、離婚した女性の大変さをわかっているので見て見ぬ振りをしてくれることもあるという。女性によれば、代理出産をやるとき、使うのは他人の精子でも卵子でも、自分の卵子でも、「何でもいい」。また、2回目も乞われれば是非やりたいという。エージェントの男性は、「皆貧しくて、お金のことで頭が一杯なのでそれ以外のことは何も考えていない」と口を挟んだ。
 お金のためだからという女性に対し、スタッフの女性は、「自分の子どもを売ることと代理出産とは違うと思う。やはり自分の子どもを売るのは悪いと思うから」と自分の見解を述べた。日常生活の厳しさからお金のためにはどんな要求にも応じざるを得ない女性がいる一方、その行為のよし悪しを論じるのは、相対的に恵まれた立場の人間である。
 エージェントの男性によれば、卵子提供は2,000ドルでできるという。そのうち、卵子ドナーの女性が受け取るのは400-500ドルほどだという。卵子ドナーには容姿端麗さが求められるため、リクルートがよほど難しい。そのような女性はお金に困っている可能性が少なく、卵子ドナーにはならないだろうからである。つまりは、代理母のほうがはるかに簡単にリクルートできる。卵子ドナーとなる女性は、代理母になる女性と同様、卵子を提供するからといって、そのことで躊躇したり、思い悩むということはない。あくまでもお金が欲しいと考えているだけだとスタッフは証言する。
 カンボジアの一般庶民の間では体外受精は一般的ではない。夫婦にとって子どもは必要だと考えられているが、血縁上の繋がりが最重要とは考えられていないようだ。夫婦の間で子どもが得られない場合、施設から子どもをもらうことが一般に行われている。あるカンボジア人夫婦(妻31、夫33歳)は、夫が事故で精子を作る能力がなくなり、施設から子どももらったという。それ以来、夫は働いていない。妻が美容院をやって月150ドルほど稼いでいる。精子提供という方法について妻はどこかで聞いたことがあったが、具体的に検討したことはなかったという。その理由は、高いというイメージがあることや、お金目的で貧しい男性が提供した精子なので、その質に疑問があること、また、他人の精子をもらうことに対して夫が反対したからだという。生まれてすぐの女児をもらい、産んだ女性には一度も会っていない。また子どもの役所への届けは夫婦の名前で行い、産みの親の名前はどこにも記載されていない。このような方法は、カンボジアの法律に正式に則ったものではないと思われるが、一般的に行われているという。このプロセスは200〜300ドルほどでできる。子どもには、夫婦の遺伝的子どもではないことは伝えないつもりだ。近所の人は皆事実を知っていて、子どもに話す可能性があるが、それでも子どもに対しては認めなければ問題ないと考えている。血液型などは合わせていないが、カンボジアで血液型を調べることはまれである。2人目も欲しいという。子どもを貰いうけた夫婦にとっては、産みの親の情報が子どもにとって重要だとは考えられていない。また、産みの親が子どもを手放す理由やその切実さについても生活感覚として十分に理解しているため、産みの親が子どもに対し何らかの思いを残しているとは考えられていない。 
 タイが選択肢から消えた後、カンボジアで密かに代理出産が行われているのは事実だが、まだ大きな社会問題にはなっていない。ある女性団体の代表によれば、外国人がカンボジア人女性の身体を使うことや代理出産には反対の立場だが、何かトラブルがない限り動きがとれない状況だという。カンボジアでは貧困を背景として、売春や児童売買、人身売買が活発に行われており、先進国から援助を受けたフェミニスト団体が女性や子どもの人権について活発に活動している。代理出産は、たとえ依頼者の精子や卵子を用いていたと主張しても、現象面として商業的に行われるなら、人身売買と同等のものだというカンボジア政府の認識が実現に移される日が来る可能性がある。商業的形態をとる代理出産が、それとして禁止される日も近いかもしれない。

Acknowledgements
Ms. Ros Sopheap, executive director of Gender and Development for Cambodia.

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カンボジア

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by technology0405 | 2015-11-25 15:55 | field work

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