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ベトナムの代理出産合法化が意味するもの: 生殖テクノロジーによる「母」の分離と伝統的血縁概念

ベトナムの婚姻家族法が改正され、親族間の代理出産が合法化される見通しとなった。2015年1月1日から施行される。
 
ベトナムでは妊娠出産するという女性の働きが非常に重視されている。たとえば、雇用される男女では、女性の方が定年が早く年金をもらえる年齢も若い。妊娠出産する女性に敬意を表するという考え方が背景にはある。妊娠中の母体と胎児は、血液を通して栄養や排泄物のやりとりをすることで、母子の間には排他的な絆が形成されるものと考えられている。このような血縁概念のもとで、卵子提供あるいは代理出産といった技術はどのように受容され、また、これらの技術により従来の血縁概念はどのような変容を被りつつあるのだろうか。

上述のように、ベトナムでは生物学的・生理学的プロセスを通した母子のつながりが重視されてきた一方で、遺伝子やDNAに関する知識は庶民層にはほとんど理解されていない。このため、卵子提供に際し、卵子ドナーの役割や貢献は、実際よりも低く見積もられている。例えば、卵子ドナーは生まれてくる子どもに対し、2-3%の関与にすぎないと医師から教えられたと語る卵子ドナーもいた。他方、レシピエントの女性たちは、卵子提供を受けても子どもは妊娠出産した自分に「似る」と理解していた。また、そのように医師から教えられたというレシピエントの女性もいた。これらは、卵子提供をドナー・レシピエントの双方にとって受け入れやすくするための説明であると考えられ、ベトナムの血縁概念と親和性がある。
 
有償で卵子ドナーや代理母を斡旋する仲介業を営む女性は、次のような興味深い‘民俗生殖理論’を語ってくれた。「子どもへの貢献度は、夫の精子が70%、妊娠出産した女性が20%、卵子ドナーが10%」ここには、血縁に対する男性優位な考え方と、遺伝的つながりよりも生物学的なつながりが優位である考えが読み取れる。

他方、こうした血縁概念を前提としたとき、妊娠出産した女性が依頼者へ子どもを引き渡すというプロセスを含む代理出産はどのように理解されうるだろうか。元卵子ドナーに聞いた。「依頼者の妻の卵子を使って代理出産をした場合でも、自分が妊娠出産したのだから、子どもは渡さない。」

さらに、経済的困窮のため、代理母になりたいという女性に遺伝的繋がりと生物学的つながりについて聞いた。すると、彼女は「代理出産は、自分の卵子でも他人の卵子でもいいが、やったことがないのでその違いがよくわからない」といい、その後、「子どもと別れるのは悲しい」と子どもを依頼者に渡す場面を想像して泣き出す場面が見られた。遺伝的つながりの意味は理解されておらず、また、妊娠出産が女性と子どもを分ちがたく結びつけるという考え方が明瞭に伺えた。

このような血縁概念のもとで代理出産を行う場合、代理母と依頼者妻の間の感情的負荷や緊張は高くなるのではないかと推測される。ベトナムでは簡便で安価な人工授精型の代理出産もかなりの数が行われているが、遺伝的つながりに対する認知が進めば、こうした実践にどのような変容がもたらされうるか、興味深い。

ベトナムで親族間の代理出産が合法化されようとしている背景には、不妊に対するスティグマが極めて強いことがあげられる。不妊へのスティグマは、産む女性への崇敬と表裏一体のものである。不妊カップルは、ベトナム社会で居場所を見つけることが難しい。こうした不妊カップルを救済するという目的があるだろう。

ベトナムで親族間の代理出産が合法化されるとき、いくつかの問題が懸念される。一つは、母子間の生物学的つながりを重視する血縁概念によって、依頼女性と代理母の間に強い葛藤が生じる可能性があることである。たとえ依頼女性の卵子を使用していたとしても、依頼母は、自分で産んでいないことに対し、子どもとの絆を感じることができず、また後ろめたさを感じるかもしれない。他方、代理母も子どもを手放すことによって、生涯、消し去ることができない罪悪感を覚えることになるかもしれない。

だが、ベトナムでは親族間の助け合いの精神が発達していることから、代理母候補者を親族から調達することが容易であるというメリットがある。したがって、親族間の利他精神によってこうした葛藤は乗り越えられていく可能性もある。他面、代理母が親族間に限定されていることによって、自由な意思決定が阻害される懸念もある。今後、社会や個人の意識が変容していけば、親族間に代理出産を押し付けるような行為は、当事者によって抑圧と感じられる事態も生じうる。

ベトナム政府の規定では、依頼者の精子と卵子を使用することとされており、代理母と子どもとの遺伝的つながりが切断されているなど、一定の配慮がなされている。現時点ではその意味は代理母に十分に理解されるかどうか心もとないが、今後、遺伝的知識が普及していけば、依頼者と代理母に生じうる葛藤が緩和される可能性がある。

遺伝的「母」と生物学的「母」の分離は、従来の血縁概念と様々な矛盾や葛藤を孕む事が予想されるが、親族間の利他精神の発動によって、そうした問題が乗り越えられていくことになるのかどうか、興味深い。


ライチの収穫
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by technology0405 | 2014-06-27 10:28 | Countries | Comments(0)
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