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1997年当時の台湾の議論

台湾の代理出産合法化の議論は、1997年に衛生署大臣が代理出産合法化について発言したのが発端とされる。当時衛生署の大臣だったChan Chi-shean(詹启贤)は、1997年9月12日の議会で生殖補助医療に関するWong Chin-chu議員の質問に答える形で、代理出産合法化への支持を表明した。

代理出産の禁止をなくすというこの提案は、Chan大臣が就任して最初の重点政策発表として受け止められた。衛生署国民健康局は、台湾カップルが代理出産契約を結ぶ際の規則を策定するため特別委員会を設置した。

Sun Yat-sen Hospitalの薬学部門の長であったChen Tsao-tze(陳昭姿)医師は、自身もかつて代理母を雇おうとした経験から、Chan大臣の新政策に賛成した。彼女は、その何年も前から生殖補助医療に関する法案を作成する必要性を訴えてきた人物であった。

当時、多くの医療関係者が代理出産合法化の提案に賛成していた。国立台湾大学のLee Tze-yao医師は、台湾の医療技術は代理出産を十分サポートできるレベルに達したと語っている。Lee医師は、認可された代理母のリストを衛生署が作成することも提案した。

司法院大法官Tai Tong-schung(戴東雄)は、代理出産が台湾社会になじまないと反対した人物の一人である。代理出産の合法化は、台湾の社会的価値観と激しく衝突するだろうと彼は主張した。

國防醫學院で現在医療社会学の教授を務めるLiu Chung-tung(劉仲冬)は当時を振り返り「代理出産合法化を目指す活動というのは少数派のためのものであったが、それが多数派の意識を変えることになった。」と、代理出産法案が最終的に法令になろうとなるまいと、社会に大きな影響を与えたと語った。

代理出産をテーマにした連続ドラマ「姻縁花」も、議論と並行する形で放送された。プロデューサーは、代理出産法案が通過するかどうかでドラマの最終回を決めるつもりだったという。
見合い番組『Special Men and Women』で代理出産が取り上げられた時には、NT$10,000,000で代理母をしたいという女性や、確実に自分の子供であると分かるよう異なる肌の色の代理母を選ぶという人、また、テレビドラマの影響で、夫が「つい」代理母と恋に落ちるかも・・と心配するなど、様々な声があがっていた。

Support for surrogate motherhood
By Linda Chang
[Taiwan Today, 09/19/1997]

A Modern Solution for an Ancient Problem--Expecting a New Law on Surrogate Motherhood
Chiang Chiung-fang
[Taiwan Panorama, 1997/12/p.046]



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by technology0405 | 2013-07-08 16:50 | Countries | Comments(0)
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