生殖ツーリズム未満:コルカタの代理出産

場所:コルカタ、デリー
期間:2012年9月10日〜26日

 インドにおける生殖補助医療および生殖ツーリズムの調査のためにコルカタとデリーを訪れた。調査期間は2012年の9月10日から9月26日である。9月11日にコルカタに到着し、20日から24日はデリーに滞在し、25日には再びコルカタに戻り、26日の早朝帰国の途についた。
 デリーでは、代理出産についての調査に携わってきたインドの研究者と面会し、在インド日本大使館で代理出産のための日本人の出入国に関して聞き取りを行った。また、既に多くの研究者やジャーナリストが調査していることもあり、なかなか接触することが難しかった不妊治療の専門医の一人と面会することができ、今後の調査協力を要請した。
 それ以外の日程は、主にコルカタに滞在し、不妊治療施設での医師やスタッフに対する聞き取り、エージェントや卵子提供者、代理母とのインタビューを行った。また、コルカタでは、インドの生殖補助医療のパイオニアで、ICMRのガイドラインやART法案の起草に関わったゴッシュダスティダール医師にインタビューすることもできた。ART法案の起草委員会でどのような点が議論になったのかなどの経緯について話を聞くことができた。
 調査期間中には、交通機関のストライキなどもあり、すべての日に十分な調査活動ができたわけではなかったが、コルカタでの生殖補助医療に関してはその概要をおおむね把握することができた。以下では主にコルカタの調査で明らかとなった当地での生殖補助医療ビジネスの概要について報告する。

コルカタでの調査について
 デリーやムンバイには、既に多くの生殖補助医療施設があり、生殖ツーリズムないしは国境を越えた生殖補助医療(Cross Border Reproductive Care)のビジネスが盛んであることが知られている。また、アナンドやハイデラバードなど既に生殖ツーリズムのハブとしても知られるようになっている都市がある。しかし、既に社会科学者やジャーナリストらによって多くの調査が行われているこれらの都市と比べて、インドで都市圏の人口第三位を占めるコルカタ(旧名:カルカッタ)における生殖補助医療ビジネスの状況はよく知られていない。
 コルカタは、ガンジス川の支流であるフーグリ川の東岸に位置する西ベンガル州の州都であり、近郊を含む都市圏人口は1,583万人で、インドではデリーとムンバイに続く大都市である。今回、コルカタを訪れた主な狙いは、この大都市における生殖補助医療や生殖ツーリズムの状況を調べることによって、インドにおける生殖補助医療ビジネスの広がりの実態に関して一定の見通しを得ること、そして、インド国内における代理出産に関わる当事者(依頼者、代理母、エージェント)からの聞き取り調査を行うことであった。

コルカタにおける生殖補助医療の概況
 インターネットでの検索や電話連絡などを通じた事前の調査で、コルカタには8件程度の中心的な生殖補助医療施設があることが判明していた。8件の不妊治療施設のうち、3件は総合病院内の不妊治療部門、5件は不妊治療専門施設であった。今回の調査では、8件の生殖補助医療施設のうち6施設を訪問し、不妊治療に関わる医師や医療法人の関係者の話を聞くことができた。このうち2件の施設は、コルカタ以外の場所に本部があり、コルカタでは支部を展開していた。また、総合病院内の不妊治療施設2件では、複数の不妊治療のコンサルタントがクリニックを持っていた。
 これらの施設では、年間200から700程度のIVFサイクル数を行っているとのことだった。訪れた不妊治療施設の大半で、多くの患者が待合室を埋め尽くしていた。ある総合病院では、不妊治療部門を独立させ別組織とし、新たに3都市で支部を開設する予定であるという。また別の不妊治療専門施設では、代理出産へのニーズが高まってきているのに対応し、新たに数ヶ月以内に代理母宿泊施設を開設する予定があるとのことであった。また、新たに二つの不妊治療専門施設がオープンする予定だという。このように、ムンバイ、デリー、ハイデラバード、バンガロールなどに比べて、生殖補助医療ビジネスが盛んであるとは言いがたいコルカタでも、生殖補助医療ビジネスが拡大途上にある状況が十分に伺われた。

生殖ツーリズムについて
 筆者が聞き取りを行ったどの施設でも、生殖補助医療を受ける不妊患者の多くはインド人であるとのことであった。海外からの不妊患者としては、地理的に近接し、言語的にも共通するバングラディッシュからの患者が最も多いようである。施設によっては年間4、50組の不妊カップルが体外受精を受けにくるということだった。
 ただし、これらの患者の多くは、配偶者間の体外受精を目的として渡航してくる人々で、卵子提供や代理出産など、第三者生殖技術の利用のためにコルカタに訪れる人は少ないようであった。現段階で海外からの患者の多くを占めるのがバングラディッシュ人であるが、バングラディッシュは、承知のようにムスリムの多い国であり、イスラームではファトワで第三者の関与する生殖補助技術の使用に関しては、否定的な見解が出されている。したがって、バングラディッシュからのムスリムの不妊患者は、第三者生殖技術を利用することが少ないのが現状だ。
 また、いくつかの施設でナイジェリアなど、アフリカから体外受精を受けにくるケースがあるとのことであった。現段階ではコルカタは生殖ツーリズムの拠点となっているとは言いがたいものの、それでも既に海外からの不妊患者が訪れており、生殖医療の分野での医療ツーリズムの広がりが実感させられた。

卵子提供について
 第三者の関与する生殖補助医療はコルカタでも盛んに行われている。筆者が訪れた6つの不妊治療施設で、全IVF周期数に占める提供卵子を用いたIVFの周期数の割合を聞いたところ、多くの施設が3割を超えると回答した。2割程度と回答した施設は一つだけであった。提供卵子を用いた体外受精が常態的に行われている米国でも、この割合は1割程度と言われている。それと比較すると、今回コルカタでの聞き取りのかぎりでは、提供卵子を用いた体外受精の占める割合が極めて高いと言えるだろう。
 その背景の一つとして考えられるのは、不妊治療の経済的な側面である。インドでは、体外受精は採卵から凍結受精卵の移植まで含めると150,000ルピー程度の高額の治療費が必要となるが、この額は、インドの中間層にとっても非常に大きな負担である。これに対して、提供卵子自体は比較的安価に手に入る(コルカタで卵子提供者が受け取る報酬は20,000〜30,000ルピー程度であった)。患者側からすれば、配偶者間体外受精と提供卵子を用いた体外受精の費用はそれほど変わらないことになる。こうした状況下では、妊娠の可能性と経済的負担の軽減を重視する結果、配偶者間の体外受精よりも提供卵子を用いた体外受精が選択されやすい傾向にあると言える。

代理出産について
 インドの代理出産と言えば、アナンドのパテル医師のクリニックのように、代理母ハウス(代理母のための宿泊施設)を備えた不妊治療施設が報道などで知られている。しかし、コルカタでは、代理母ハウスを設置している不妊治療施設は存在しなかった。また、デリーでは、インド国内だけではなく海外からの代理出産の依頼に応えるために、代理母のリクルートと斡旋、妊娠中の管理を組織的に行っている斡旋団体が存在していたが、コルカタではこのような組織の活動も見られなかった。ただし、今回訪れた不妊治療施設では、どこも年間数件から20件程度の代理出産を扱っていたが、ほとんどのケースで依頼者はインド国内の不妊カップルで、外国人やNRIによる代理出産の依頼はコルカタではそれほど多く見られないようであった。
 代理母ハウスについては、代理出産を組織的に行うために必要な手段であると見なす医師と代理母ハウスに批判的な医師がいた。代理母ハウスに肯定的な医師は、代理母を収容することでアルコール摂取や喫煙など胎児の健康を害する行動を代理母がしないように監視することが容易になり、代理母の栄養状態、ひいては胎児の健康を管理することができる点をその利点であると述べた。この医師は、代理出産に対する高いニーズがあることから、数ヶ月後には代理母宿泊施設を開設する計画を持っていた。これに対し、不妊治療に携わる医師の中には、代理母ハウスに批判的な医師もいた。代理母を一時的にではあれ、家族と切り離すことは問題である。代理母は、年齢的にいって、幼い子どもを持っていることが多いが、代理母ハウスに宿泊すれば、幼い子どもが母親から引き離されることになる。また代理母からすれば、子どもの世話や家事など母・妻としての役割を果たせなくなる。これは代理母にとっても、その子にとっても望ましくないことである。代理母ハウスに批判的な医師はこのように述べていた。また、代理母ハウスを開設することで、本来代理母と依頼者夫婦の間の関係であるべき契約に関して、医師や不妊治療施設が関与することへの懸念を表明する医師もいた。

卵子提供者と代理母のリクルートについて
 卵子提供も、代理出産も、不妊治療に携わる医師とつながりのあるエージェントによって斡旋される形で行われていた。卵子提供に対する報酬は先にも触れたように20,000~30,000ルピー程度が相場であり、代理出産の報酬は、200,000〜300,000ルピー程度が一般的である。妊娠期間中の手当として100,000ルピー程度上乗せされることもあると言う。
 今回、筆者は9人の代理母(代理出産契約を結んだ人、代理出産のための施術を受けはじめた人、代理懐胎中の人、代理出産を終えた人)にインタビューしたが、そのうちの7人が代理出産を行う前に、数回の卵子提供を経験していた。つまり、卵子提供者と代理母は決して別々の社会階層の人間ではなく、実際に卵子提供と代理出産の両方を経験している人が多かった。ドナーのほとんどが学生である精子提供(報酬は500から2000ルピー程度)とは事情はかなり異なる。精子提供者と比べて、卵子提供者は患者と異なる社会階層に属することが多く、この点を問題として挙げる医師がいた。
 また、あるIVFクリニックでは、「質」のよい卵子提供者が集まりにくいことから、エッグシェアリングの方が多く行われているとのことだった。この場合、エッグシェアリングは、提供卵子の不足を補うためというよりもむしろ、ドナーとレシピエントの社会階層や容姿を合わせるための手段として用いられるということになる。
 医師たちの聞き取りの結果から判断すると、現在コルカタでは、4、5人程度のエージェントが活動しているようである。今回の調査では、一人のエージェントにインタビューすることができた。この女性Nはもともと看護師であり、自ら数度の卵子提供を行った後に、卵子提供者や代理母を不妊治療に携わる医師たちに紹介するようになった。卵子提供を行った女性が、Nに卵子提供の希望者を紹介し、彼女たちをNが医師たちに紹介するという卵子提供者のリクルート・ネットワークが出来上がっていた。彼女は、これまで15件の代理出産の斡旋に携わり、100人に近い数の卵子提供者を医師に紹介したという。
 また、Nは現在妊娠中であり、看護師としては働いておらず、夫と子どもと一緒に暮らしていたが、彼女の一家が暮らす月5000ルピーの借家には、3人の代理母が寝泊まりしていた。先に述べたように、現在コルカタでは代理母を監視・管理するための宿泊施設を備えた不妊治療施設はない。しかし、多くの代理母は代理出産の事実を周囲に秘密にすることが多く、そうした中で、すべての代理母が自宅にとどまって代理出産をするわけではない。女性が家庭を離れて代理出産をすることを望むケースもある。
 今回インタビューできたエージェントはN一人であり、他のケースでこのような形での代理出産が行われているかどうかは定かではない。ただし、依頼者が代理母のために部屋を借りるというケースもあるようだった。

まとめ
 今回の調査ではコルカタでの主要な不妊治療施設の大半を訪れることができ、これらの施設における生殖補助医療の実施状況を把握することができた。提供卵子を利用した体外受精が広がっている状況が浮かび上がってきた。インド国内では、子どもの出自を知る権利などについて十分に議論にされているとは言えず、卵子売買による身体の商品化という問題とともに、第三者生殖技術の利用によって生まれた子どもの福祉という観点からも卵子売買の広がりには懸念される点がある。
 また、コルカタにおける生殖ツーリズムの実態についても、その概要については把握することができた。コルカタでは、海外からの卵子提供や代理出産の依頼はそれほど多くはないものの、海外の患者による生殖補助医療の利用、すなわち生殖ツーリズム自体は徐々に広がりつつある。
 また、海外からの利用者は少ないものの、国内の不妊カップルのニーズに応える形で代理出産も行われている。これまでインドの代理出産ビジネスの実態については、ムンバイやデリー、ハイデラバードなど、生殖補助医療ビジネスの中心地として知られた都市を中心に調査者によって報告されたり、メディアによる報道がなされてきた。しかし、今回でのコルカタにおける調査により、商業的代理出産が他のインドの大都市でも行われるようになってきている実態が浮かび上がってきたと言える。

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コルカタ市内の風景(1)
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コルカタ市内の風景(2)
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不妊治療施設(1)
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コルカタ市内の風景(3)
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コルカタ市内の風景(4)
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Test tube baby
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「胎児の性別選択は法律によって処罰されます。ここでは行っておりません」
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不妊治療施設(2)
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by technology0405 | 2012-10-16 16:01 | field work | Comments(0)
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