使い捨てられる女性労働者――代理母の背景に――

「お金のために子供を生んで引き渡さないかと言われたのが2年前だったら、笑い飛ばすだけじゃ済まなくて、屈辱で相手の顔をひっぱたいたかも。」と縫製工場で働30歳の代理母Indiraniは言った。
「なのにね。私がこの双子を生んで、渡したのよ。」バンガロールに住む彼女は、18歳で結婚し、2人の子供がいる。先月アメリカ在住のタミル人カップルのために代理出産し双子を生んだ。

筆者がIndiraniに会った時、まだ彼女は妊娠中で、その当時バンガロールでは唯一の代理出産エージェンシーCreative Options Trust for Women(COTW)が管理する寮に住んでいた。 COTWは不妊専門医らと連携し、代理母の募集、住居、身の回りの世話、監視などを引き受けていた。異性カップル、同性カップルが、血の繋がった子供を持つために世界中からバンガロールの専門家を頼ってやってくる。Indirani らが他にも代理母70人を紹介してくれた。彼女らは同じ仕事をしており、以前から知り合いだった。Indiraniを含め彼女らの中には代理母探しの仕事を兼ねる者もおり、バンガロールの生殖産業に新しい労働者を投入する役目を担っている。

インドは海外代理出産の重要地として新興し、産業的利益は数年内で60億に達するとICMRによって予想されている。2007年オプラ・ウィンフリー・ショーが、グジャラート州アナンドのナイナ・パテル医師の下で現地女性がアメリカ人夫婦のために代理出産する様子を取り上げた。それ以降も、代理出産を利用した患者のブログ、新聞記事、テレビ番組によって、インドは代理出産国として有名になり、アメリカ、イギリス、イスラエル、オーストラリア、イタリア、ドイツ、日本など様々な国から患者が来るようになった。

アナンドやムンバイ、デリー、ハイデラバード、バンガロールが代理出産のハブ地となったのは、質の良い医療や低価格の薬のおかげもあるが、何といっても安価で扱いやすい労働力によるところが大きい。アメリカでは$80,000もかかる代理出産が、インドでは$35,000-40,000になる。インドの生殖産業を支えているのは労働者階級の女性たちである。バンガロールでは、衣料の縫製工場ラインで働く女性が生殖産業とつながっていた。女性たちは、縫製工場から卵子提供、代理出産へと流れるのである。

Indiraniはバンガロールの労働者階級の女性の典型である。この町に多く見られる被服工場で、低賃金で働いている。妊娠した時に一旦やめ、2人の子供が学校に行くようになってからまたラインに入り、自分や家族が病気の時は休みながら・・という断続的な働き方である。被服工場でタダ同然に扱われる自分の身体が、生殖産業では大きな価値を持つチャンスがある・・。苦しい人生を受け入れ前向きに生きようとする貧しいインド女性たちの目には、代理出産が搾取的であろうとも、工場の仕事より創造的で意味のある選択として映るのである。

多額の借金を抱えた極貧の女性が代理母になるというのが、一般的な通説である。しかし借金はあるにしても、筆者が会った70人の代理母はバンガロールで最も貧しい層という訳ではなかった。大体が共働き世帯で、その多くは被服工場で働いており、町の平均的な女性労働者より多めにもらっていた。

代理母の仲介業も行なう元代理母たちは、家政婦、料理人、街路清掃人、建設作業員などとして働いている適齢の女性を、自分自身の拡大家族や近所、友人など広い人脈から見つけてくることができる。金融危機が不安定な雇用と低賃金を生み出している状況下で、被服工場の労働者たちに対する代理母募集は大成功している。

搾取工場で働く世界中の労働者たちがそうであるように、バンガロールの女性たちも低賃金で長時間労働を強いられている。世界市場が求める短期の生産循環に応えるため、彼らは異常に早いペースで休みなく働かされる。頭痛や胸痛、耳や目の痛み、尿路感染症その他の健康障害を頻繁に患う。工場の生産ラインでは、性的な嫌がらせや虐待が横行している。上司はほぼ全員男性で、割り当て量がこなせなかった時には性差別的な言葉で女性を罵り、仕事を教えるといって痴漢行為を行うこともしばしばある。「仕事がたまって昼食を取れないこともよくあった。皆の前で恥をかかされるのも嫌だった。上司に目をつけられないように、どんなことでもやった。」とIndiraniは言う。

彼女は労働時間に応じて月$100-$110程度稼いでいた。異常に高い生産目標を達成できない時は、割り当て分が終わるまで残業するよう上司に指示される。そうして「遅れ」を取り戻したからといって必ずしも残業手当が支払われる訳ではない。Indiraniの夫は残業が給与につかないことを不審がるようになった。 本当に工場にいるのか、他の男と遊んでいるのではないかと疑う夫。筆者がインタビューした多くの女性同様Indirani もまた、職場でも家庭でも貶められていると感じていた。

事前調査によると、バンガロールの縫製工場で働く女性労働者の1日は、工場での労働が16時間、プラス通勤時間、家では料理、洗濯、子供の世話をする。一日中工場で働き、家に帰って家事をこなすと心身ともに疲弊する。Indiraniの友人Suhasiniも代理母をやったが、工場の仕事を完全にやめた。彼女の母親、姉妹など家族内の女性たちはラインで働いていたが、彼女はそれで人生を終わりたくないと思った。「でもお金は必要。代理出産は私たちにとって恩恵そのもの。」と彼女は語った。 COTWの創設者Mr. Shettyのことを「私たちの神様」と呼ぶ。2011年12月に再び彼女と会ったとき、彼女は2回目の代理出産に向けてホルモン注射を受けていた。

前述したようにIndiraniは臨時雇用者である。妊娠中や病気の時は仕事から離れるといった具合に、断続的に働いている。縫製工場側からみれば、Indirani が健康な時は工場にとって有益な存在である。しかし妊娠や病気、家族のことで働けない時は労働者として価値がなくなるので別の者と差し替える。彼女は人類学者Melissa Wrightがいうところの「使い捨て労働者」なのである。工場で働ける時だけ彼女には価値がある。自分の職業人生において、Indiraniは有価値、無価値の間を行ったり来たりするのだ。

Indiraniの夫はリキシャの運転手をしており、収入はそれほど多くない。リキシャは知り合いから借りていたので、その賃料とガソリン代が家計を圧迫していた。そこで夫婦は従兄弟から金を借りて自前のリキシャを購入したのだが、悪いことにそのローンが返せなかった。従兄弟はしょっちゅう家に来て金を返せと罵るようになる。Indirani の工場に給料日にやってきて、給料を全て持っていく。「嫌がらせにも耐えながら一生懸命働いた。それなのに全くお金が入ってこない。自殺を考えるくらい落ち込んだ。」職場の友人がCOTWに$500で卵子を売らないかという話を持ってきた時、Indiraniは飛びついた。卵子「提供」後、彼女は代理出産をすることを決めた。そして、一回目で双子を妊娠した。

ホルモン注射や胚の移植の痛みについてIndirani に尋ねると、即答で返ってきた。「貧しい時には、痛みを感じる余裕もない。」健康への長期的影響について話しても、肩をすくめるだけだった。彼女の最優先事項は貧しさから抜け出すこと。卵子提供や代理出産がもたらす健康への害は二の次であった。

Indiraniは代理出産で自分が貶められたとは感じなかった。工場で働くよりもらいが多い上に、労働過程もずっと楽しいものであった。 彼女は工場で縫製し、家で掃除や料理、家族の世話をする日々に心身とも疲れきっていた。妊娠後、Indirani はCOTWの寮に住んだ。最初は家族を恋しく思い、子供がどうしているか心配だった。義母は子供をちゃんと面倒見ているだろうか。「見知らぬ場所で見知らぬ人たちと過ごしていたので。」しかしすぐにこの寮が気に入る。朝食と弁当作りのために5時に起きる必要もなければ、子供の送迎も、工場に行くためにバスに飛び乗る必要もない。家事の義務から解放され、自分の時間を邪魔する者もいない。代理出産によって彼女は、他人に世話してもらうという贅沢を経験することができた。これほど責任から解放されたことは、これまでの人生で一度もなかった。

COTWの寮生活に慣れるにつれ、彼女は休暇に来ているような気持ちになったという。子供の頃からの友人や親戚と話すよりも、代理母同士の方が話しやすいのだそうだ。多くの代理母が、代理出産で自分たちは子供を失ったが、代わりに生涯の友人を得たと言った。

寮には有線方式のカメラが据えられ、代理母の一挙一動を監視している。この監視についてどう思うか聞いたところ、Indiraniは気にならないと答えた。実際、ほとんどの代理母がカメラの存在を気に留めていなかった。このことに最初は驚いたものの、すぐに、彼女たちは日々監視されることに慣れているのだと気づいた。親族や詮索好きの近所の目を感じながら、一部屋か二部屋の家に住み、一つのバスルームを6-8世帯で使う彼女たちにとって、プライバシーという意識は別世界のものである。寮の監視は、被服工場での監視に比べれば全く無害である。施設を訪れた夫と性交しないようチェックするためのCOTWの監視など、取るに足らないもののようだ。

代理母は36週から37週で、依頼親のスケジュールに合わせ帝王切開で出産する。Indiraniは最初メスを入れることが怖かったが、多くの代理母が帝王切開で無事出産しているのをみて、心配しないようになった。結局彼女は帝王切開で双子を生み、自分の子供2人を自然分娩したときよりも楽だと感じた。

Indiraniに支払われた額は$4000であった。双子を出産したのだから法的にはもっと多くもらえる資格があったのだが、単胎出産の代理母と同額であった。そこから仲介業者に$200払い、世話してくれたCOTWのスタッフに恒例のプレゼントを配ったので、実際の手取り額は$4000より少なかった。産後2ヶ月をさらに寮で過ごすという選択もあったのだが、筆者がインタビューした他の代理母たちと同様、Indiraniもそうしなかった。というのも、COTWは産後のケアや食事に関しては料金を請求するからだ。稼ぎをそのような贅沢に回す余裕もないので、出産して数日で家事の待つ家へ帰り、すぐに従兄弟に借金を返しに行った。

Indiraniは引き渡した双子に愛着はないと言う。「自分の子ども二人の世話だけでも大変なのに。」一方、代理出産で生んだ子に深い愛着を感じると語る代理母もいた。3年前に女児を生んだRoopaというシングルの代理母は、毎年子供の誕生日を祝っている。「6月21日なんです。その日はご馳走を作ります。娘はその理由を知りません。でもこれが私の2番目の子に思いを馳せるやり方なんです。あの子を思い出して泣くこともあります。しょっちゅう思い出すんです。もう二度とやりたくありません。」

子供に対する感じ方は異なっても、ほとんど全員の代理母が 工場での容赦ない労働より代理出産の方が有意義だったと答える。工場ではいかに自分を無価値に感じるかという趣旨の内容が、会話の中で何度も出てくる。工場では、人格は無視され、使い物にならなくなるまでこき使われ、最後に捨てられる。それに対し、バンガロールの生殖産業は、彼女らに言わせると、非常に生産的で想像力のある労働者になるチャンスを与えてくれるのだという。

Indirani は被服縫製工場の労働者であり、代理母である。後者のほうがよいと彼女は言う。「服なんか、数ヶ月着たら捨ててしまう。でも子供は違う。一生ものだ。工場では決して作れない、何より素晴らしいものを作った。」彼女は、依頼親の心の中に自分の姿が永遠に刻まれると考えている。

筆者が会った代理母たちは、必ずしも卵子提供や代理出産を善行だとみなしている訳ではない。搾取に気づいていないわけでもない。それでも、バンガロールの生殖産業が自分たちに感情的、経済的、性的な自律性をもたらしたと強く感じている。縫製の仕事より、代理出産のほうが行いやすいのである。また代理出産は、赤ん坊を生むという、他の賃金労働にはない意味を与えてくれる。女性しかいない寮で過ごす期間は、セックスから離れ、自分たちの性道徳が傷つけられることもない。

代理出産を通して、自分は核家族になることができ、同時に一人の不妊女性の願いをかなえることができた、とIndiraniは言う。被服工場で働いているときは、徐々に殺されているような感覚を持っていたが、代理母として新しい世界を作り上げることができた。子供を私立の学校にやるために、もう一度代理出産をするつもりだという。2011年12月、最後に彼女と話したときIndiraniは「誰か知り合いが代理母を探していたら、私のことを思い出して。もう一度やりたいから。」と筆者に頼んだ。

India’s Reproductive Assembly Line
written by Sharmila Rudrappa
[American Sociological Association: Contexts 2012 Spring]

Maid in India
by Centre for Research on Multinational Corporations (SOMO)
インドの被服工場で働く女性たちに関するSOMOのレポート


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by technology0405 | 2012-08-27 16:03 | Countries | Comments(0)
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