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イスラムの倫理と生殖

イスラム倫理
「イスラム教」は一枚岩的な宗教ではない。また、イスラムの教えを信者に課す巨大な権威というものも存在しない。様々な分野、観点からの議論や解釈が許されている。イスラム教の倫理はすべてコーランの言葉から形成されている。しかしそのコーランもまた、すべてを教えてくれる百科事典のようなものではない。イスラム教は、人間の状況の変化に対応する機能が組み込まれた、進行性の宗教なのである。イスラム法やイスラム倫理はコーランとスンナ(ムハンマドの行いや範例)を基礎に置くが、イスラム学者は論理や公益、地方の慣習や世論も参考にしながら、特殊な出来事や現代の問題に取り組む。
 イスラム教は多種多様な国や民族から形成されている。よってステレオタイプなイスラム教信者を想定することは避けるべきである。イスラムの社会的多元性はコーランの中でも強調されている。だからこそ、自分がどの集団に属するのかということはムスリムにとって重要なのである。もう一つ重要なのは、理性の存在としての人間に神は力と自由を与えたのであって、大きな神の意志の中で自分の行いを判断できる、つまり自由意思の概念が道徳の基本であるということ。イスラムの道徳観は、この考え方による部分が大きい。

イスラム的観点から見た避妊
 イスラム教は出産を神の意志の現れと捉える。また、子供の性別は精子によって決まると考えている。出産の自然なサイクルを妨げることは禁じられているが、イスラム学者は禁止行為とそうでないものを区別している。コンドームやペッサリーは、自然のサイクルを妨げるわけではないのでOKだが、不妊手術などは認められない。ピルは学者によって意見が分かれる。コーランには避妊についての教えは特にない。避妊に反対するムスリムはこのコーランを引用する。「貧困を恐れて子供を殺すなかれ。汝と同様に子供たちにも食物を与える。まことに子供を殺すことは大罪である。」しかし、避妊賛成派は、これはイスラム前のアラビアによくあった嬰児殺しについて述べた部分であり、避妊のことではないと論ずる。
 イスラム教は、自らの楽しみのためや、親ということに伴う責任を引き受けたくないための避妊には反対である。しかし、家族を作る権利は夫と妻が等しく共有するので、避妊は夫婦双方の合意の上でなされるべきものである。
 避妊に対するイスラムのアプローチは実用主義的である。避妊は以下の場合に許される。①夫婦が二人とも若い、あるいは学生であるとき②夫婦のどちらかが病気などで親になることが困難な場合、あるいは子供を持つことが肉体的・精神的に大変な場合③育てている子供の世話がある場合④妊娠が女性の生命を脅かす可能性のある場合

中絶
 人間の発生に関しては、過去にも現在も統一した見解はない。伝統的なイスラム教では人格は誕生前に獲得されると考えられてきたが、それがいつ起こるのかについては学者の間でも一致をみなかった。受精から胎児の成長のプロセスへの理解が進んだ現在でも、胚形成や胎児の発達期間のどの点で「人」が発生したといえるのか指摘することはできない。現代のイスラム教の意見では、子宮で胎児が成長するにつれて、胚や胎児の利益に対して道徳的に考慮すべきことも増すとされている。
 性選択は、神の意志に背くと同時に女性を下位に置く行為とみなされ、禁止されている。

ヒト胚の研究
 IVFの過程で出る余剰胚には2通りの使われ方がある。研究と、不妊夫婦への提供とである。イスラム的観点からいえば、研究に使うのはOKだが、生殖に使うのはNoである。人間は病気と闘うことを義務付けられた存在である。不妊と闘う生殖補助医療は善であり、その過程で出てきてしまった余剰胚を病気の治療に使用することもまた社会的義務である、とイスラム法の専門家は考えている。
 1981年のIslamic Code of Medical Ethicsには、受胎の瞬間から胚は「保護に値する完全な人間」とある。これは1991年にカイロで開かれたイスラム世界の生命倫理に関する国際会議で出された結論とは反するように思える。この会議の結論では、①ヒト胚が夫婦の同意の下で研究に使われること②受精胚を戻すのはその卵子が作られた子宮に限ること③障害のある前期胚の移植を拒否できること④前期胚の遺伝子情報を操作する研究は禁止⑤性選択は、重度の伴性遺伝疾患の診断に限り認める⑥前期胚の研究を行う前に、提供者の夫婦にインフォームドコンセントを行なうこと⑦商業目的あるいは母子の健康に関係しない研究の禁止⑧研究は承認を受けた施設で行うこと などが認められた。これが道徳的要請に決着をつけ、IVFで作られた余剰胚は使用されなくてもよいし、人間の苦しみを軽減するという目的で使用されてもよいことになった。

クローニング
 カトリック教会は、クローニングや他の生殖技術を神の仕事に介入する行為だと見なすが、イスラム教は違う。イスラム学者は、神のように無からすべてを造ることと、知識に基づく創造をはっきり区別している。神から与えられたものを応用し人間のために生かすことは義務である。イスラム教にとって、クローニングが人間の苦しみを取り除くための研究に使われるなら、それは神の意志に反していることにはならない。

生殖補助医療とIVF
 イスラム教は不妊治療としてのテクノロジー使用に反対しておらず、むしろ不妊夫婦が子供を持ちたいという願いをかなえるこうした治療を後押ししている。しかし、過去にはイスラム法学者が、生殖に第三者が介入しているという理由で反対していた。1980年のファトワと1984年のIslamic Fiqh Council によって認められた夫の精子と妻の卵子を使い、妻の子宮に戻すという条件付きで、今では多くのイスラム諸国でIVFが行なわれている。

代理出産
 代理出産はイスラムでは支持されていない。夫以外の精子、妻以外の卵子の使用が禁止されているように、妻以外の子宮に子供を宿すことも認められていない。子供を出産した女性が母とされるので、代理出産の場合は代理母が母となる。代理出産の反対の例を挙げる。①代理出産は生殖プロセスにおける神のやり方に手を出している。②未婚の女性が代理母になって金のために子宮を貸すことは、結婚と家族生活の制度を蝕む。③既婚女性が、妊娠と出産の苦しみから逃れるために代理出産を使う可能性がある。イスラムでは妊娠を苦しみではなく喜びと捉える。出産時に亡くなった女性には殉教者の地位が与えられる。④代理母が、自分の生んだ子供の親権を主張する可能性がある。血のつながりと子どもの身元に混乱をきたす。

卵子・胚の提供
 イスラム教は生殖補助医療の倫理的問題を克服できないのでは、と思わせる出来事がイランで起きている。卵子提供自体は禁止しないというファトワが宗教上のリーダーから出されたのだ。このファトワは、イスラム諸国が第三者の関わる生殖技術に向かう布石を打ち、2003年イラン議会で不妊カップルへの胚提供が認められた。しかし、血統を重視するイスラム社会ではまだ倫理的、法的、心理的、文化的な問題が残されたままである。何にせよ、イランのファトワは、イスラムの不妊問題への進歩的なアプローチであるといえる。

精子、卵子、胚の凍結保存
 婚姻関係にある夫婦が同意すれば、配偶子・胚の凍結保存は全く問題ない。IVF過程で出来た余剰胚を凍結する場合、その胚の数などについての議論も全くない。ただし、それを妻以外の子宮に戻すことはできない。夫が死亡したり、夫婦が離婚した場合、胚を生殖に使うことはできない。

PGD
 子供の先天的な異常を診断するためのPGDは、イスラム的観点からは認められている。イスラム教は遺伝子疾患や先天性奇形を防ぎ、健康な子孫を残すことに力を入れている。指導者も、結婚相手を選ぶときに子孫のことを考えて選ぶように、また、近親結婚を避けるように呼びかけている。

結論
 イスラム教が倫理的な問題にあたるときには常にコーランに基づいて考える。子供をもつことはムスリム生活の中心であり、結婚している夫婦が子供をもうけるために生殖技術と使うことは好意的に捉えられている。避妊に対しても実用主義的である。中絶は、母親に生命の危険が伴う場合と、子供に先天的な障害が見つかった場合のみ認められる。PGDも、重度の障害の診断にならば認められる。性選択は、伴性遺伝の診断にのみOK。余剰胚を研究に使用することには好意的だが、その胚が他の夫婦の生殖に使われることはない。血統と遺伝がイスラムのアイデンティティに重要な意味を持ち、ムスリム社会で家族の一員となるための鍵となる。そのため、血統と遺伝を妨げる代理出産や精子提供、クローニングは許されない。

Faith and Fertility: Attitudes Towards Reproductive Practices in Different Religions from Ancient to

Jessica Kingsley Pub




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by technology0405 | 2011-03-22 15:51 | Countries | Comments(0)
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