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アラブ首長国連邦の生殖ツーリズム

Arjun Appaduraiはグローバリゼーションを人(ethnoscapes)、技術(technoscapes)、金(financescapes)、イメージ(mediascapes)、考え(ideoscapes)の5つのものの動きだと定義したが、生殖ツーリズムではこれだけに収まらず、ヒトの体部位(bioscapes)なども動く。Marcia Inhornは生殖のグローバリゼーションにおいて世界を行き来するものの総称をreproscapeと名付け、これまで調査されてこなかった中東の生殖ツーリズムを、中東のreproscapeの移動という視点から捉えている。生殖ツーリズムは、休暇中に観光を楽しみながら不妊治療を受け、子供をつくることだというのが一般的な考えである。また、施される技術に男女の性差や、階層差が大きいことが問題視されている。

アラブ首長国連邦(UAE)は中東におけるグローバリゼーションのハブ地帯である。2007年時点で2つの公立病院を含む11のIVFクリニックが経営されている。スタッフも患者も国籍は多岐にわたり、UAEで最大のIVFクリニックConceive, The Gynaecology and Fertility CenterもUAE国民とUAE在住の外国人だけでなく、多くの生殖ツーリズムの患者にARTを提供している。Marcia Inhornは、2007年1月から半年間、このクリニックの患者125組の夫婦からなる219人にインタビュー調査を行った。

調査で明らかになったことは2つ。一つ目は「ツーリズム」という言葉の問題点。多くの夫婦は治療を受けるために「仕方なく」国外に出ており、娯楽性のないストレスの高い選択肢だと感じていた。二つ目は、生殖ツーリズムの要因は様々に絡み合っているということである。

ARTを求めてUAEに来た患者の挙げた理由である。
1.ドバイの高度な医療環境が魅力的だった
2.UAEのビザなら長期滞在が可能で、最低でも4-6週間かかるIVFの治療が一回の旅行で済む
3.中東周辺にはIVFクリニックがない国もあり、自国からアクセスが一番良いのがUAEだった
4.ヨーロッパのARTには年齢や胚移植に厳しい制限があり、規制を避けるためにUAEに来た
5.イギリスのNHSによって何年も待たされたが順番が回ってこず、UAEに来た
6.口コミでUAEのクリニックのことを知った (a)地域の医師のネットワーク(b)ウェブサイト

逆にUAEから国外にARTを求める患者もいる。
1.不妊や体外受精はスティグマ化されているので、プライバシーが心配
2.UAEの公立病院より安いサービスを求めて。特にUAEから医療補助金の出ない外国人労働者
3.UAEは中東でART規制のある数少ない国の一つであり、その規制を回避するため
 ――精子提供、卵子提供、胚提供、代理出産、減数手術、胚の凍結保存が禁止されている
4.UAE在住の外国人が、母国の医療が一番だと信じる愛国心から、母国で治療を受ける
5.様々な国のIVF費用を調べた上で、海外の治療国を選んだ
7.ウェブ上で病院を探す裕福層は、インドやタイやシンガポールなどパッケージ化された不妊ツアーを信頼できると感じる
8.子供をanchor baby(家族の在留許可を得るための子供)にするためカナダやアメリカで出産

UAEを出入りする不妊患者について言えることは
1.「部分的な治療」をUAEで受けることになる。卵子提供を受けるにはレバノンやキプロスへ。減数手術を受けるにはロンドンやインドへ。診断的腹腔鏡検査を安く抑えるにはインドへ行く。

2.海外で胚を保存している不妊カップルは、子供の国籍を自由にできる可能性がある。胚の凍結保存と業者を2010年にUAEが禁止したことにより、今後さらにUAE国民が胚の凍結保存をしに海外に行くだろう。

3.IVF治療に失敗した不妊カップルが、次々に医師を求めてUAE国内、近隣地域、また世界中に動くことで、中東のreproscope(生殖関連の物や人、技術、考え方など)もまた世界を行き来することになる。

インタビュー患者の中には、国外に出ない理由を語る人もいる。
1.信頼できる医師と良い関係を保ちたい。合併症が命取りになる妊娠中は、緊急事態に備えて、かかりつけの医師の近くにいるほうがよい。
2.ビザやホテル、航空機の手配、限られた時間での治療、コミュニケーションの問題などを考えると、海外での治療は実際的な手段とはいえない。
3.中流階級の不妊カップルにとって仕事を長期間休むことは難しく、また、不妊治療のことを雇用主に言いたくない。
4.女性が海外に治療を受けに行くことで、夫婦が長期間ばらばらになる可能性がある。

西欧メディアでは女性に対するアラブ男性の暴力やファナティシズム、虐待ばかりが言説化されるが、今回の調査では、中東においても愛や献身、子供を強く望む気持ちを持つ不妊カップルが一般的であった。中東、アジア、アフリカ、ヨーロッパをつなぐ位置にあるUAEでは、今後ますますメディカルツーリズムが発展していくだろう。

Globalization and Reproductive tourism in the United Arab Emirates
by Marcia C. Inhorn


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by technology0405 | 2011-01-14 13:50 | Countries | Comments(0)
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