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匿名配偶子と家族

北欧・ヨーロッパでは、匿名の配偶子を求めて越境治療(tourism)が生じた。

1985年、スウェーデンでは「人工受精法」が成立し、非配偶者間人工授精(DI)によって生まれた子が18歳に達した時点での出自を知る権利を認めた。子どもの権利という点からは、画期的な法律であったが、人工授精法により、スウェーデン国内における精子提供者は激減したという。また、それに伴い、提供者の背景も、変化した。法律施行前は、比較的若年の学生や兵士が多かったが、施行後は、自分の子どもを既に持つ高年齢層の精子提供者が増加した。提供者の減少により、提供を求めるカップルの待機時間が延長した。このため、スウェーデンから当時ARTを規制する法がなかったフィンランドへと提供配偶子を求めて越境治療が生じた。年間数百人に上ったらしい。スウェーデン本国では得られない治療を求めて、国外に出なければならないことへの不満、フィンランドなどホスト国では、もともと不足している卵子提供者をめぐる国内患者との競争についての問題が生じた(フィンランドでも2008年以降は、配偶子提供は非匿名による提供が基本)。ノルウェーでも、精子提供者は非匿名となっており、このため国外へ渡航するカップルが増えている。

ヨーロッパにおける配偶子提供の状況をまとめると、
①ベルギーなど、精子も卵子も、匿名・非匿名に関わらず、使用できる国。ヨーロッパ諸国からの越境治療による患者を多く受け入れている。
②フランス、デンマークなど、配偶子提供を匿名に限り、非匿名の提供を認めていない国々。
③英国、オランダ、フィンランド、スウェーデンなど、配偶子提供者を非匿名に限る国。子どもの出自を知る権利を重視している。
④イスラムの教えで提供卵子、提供精子など、第三者の治療への介入を全て禁止しているトルコ、カトリックの影響で胚の凍結保存を一切認めないイタリアなどの国

①が最も越境治療のホスト国となりやすい。④が最も患者が越境治療を熱望しやすい国となる。

出自を知る権利の導入は、匿名配偶子を求めてヨーロッパに越境治療をもたらす要因となったが、著者によれば、スウェーデンで出自を知る権利を行使している子どもは、実際にはほとんどいないという(法律施行前にDIによって生まれた、実際には出自を知る権利があるのかないのかを問い合わせる電話が一本あったのみという)。

その原因として考えられるのは、一つは、子どもが出自を知る権利を行使する前提となる告知が、親の側からなされていない可能性である。
もう一つは、知らされていても、敢えて生物学的な父親(母親)を探さないという可能性である。

どちらか結論できないとしつつも、著者は、後者の可能性が高いと考えているようだ。
スウェーデンではDIの事実が比較的告知されていると考えられ(スウェーデンでは約半数が知らせると答えた。日本でDIの事実を知らせると答えた夫はアンケートによれば1%)、子どもが幼い時期からDIの事実をきちんと知らせ、家庭に秘密がないようにすれば、親子の信頼関係が壊されることなく、子のアイデンティティに混乱を生じる可能性が少ないこと、それに加えてスウェーデンの多様な家族形態(離婚・再婚が頻繁な家族形成、事実婚の浸透、歴史的に移民を受け入れてきたこと、国際養子による家族形成、婚外子差別のないこと)、さらにはスウェーンでは国民全員が国から割り振られたIDを持っており、それが個人のアイデンティティを構成する要素として大きいことが、出自を知る権利の行使を控えさせている要因ではないかと考えている。

他方、日本では、DNA信仰が強く、両親と子どもからなる「標準家庭」という単一の家族形態への志向性が強いことが、提供配偶子を用いて産まれてきた子どもの立場を複雑で困難なものにしている可能性がある。日本で多様な家族が受け入れられるようになれば、生殖補助医療によって生み出される様々な家族への受容度が増し、出自を知る権利を求めて子が苦悩することはなく、あらゆる形態の不妊治療が普及し、婚外子差別も解消され、結果として少子化問題の解決につながるかもしれない・・・・・・?

しかし、スウェーデンで多様な家族形態が受け入れられているとするなら、なぜ匿名配偶子を求めて越境治療が生じたのだろうか。実際には、子どもが出自の権利を行使しては困ると考えた患者が多かったからではないだろうか。また、スウェーデンでは本当に出自を知る権利が提供配偶子で生まれた子どもによって全く行使されていないのかどうか、そうだとすれば、それはなぜなのか、当事者(提供配偶子で生まれた子ども・親)への調査があればよかったと思う。

文化人類学の親族研究などでは、歴史的・文化的・民族的に多様な家族形態がありうることが示されてきたし、ARTによって作られる家族もまた、相対化してみれば新技術によってもたらされた、多様な家族のなかの一つに過ぎないのかもしれない。生殖補助医療を家族や社会のありようの中でとらえていく作業は重要である。しかし、出自を知る権利を(著者は、もちろん、出自を知る権利が必要ではない、などとは言っていない)を行使できるよう事実を記録し、保管しておくことは必要だろう。出自を知る権利を、単に遺伝上の親を知りたいというDNA信仰に基づく欲求のみに還元することはできないだろう。それは、自らの誕生のプロセスに関する一部始終や真実を知りたいという、この世に投げ出された者が普遍的に抱く思いに関係していると思えるからである(子ども時代、誰もが一度は自分はどのようにして生まれたきたのか、どこから来たのか、知りたいと思ったに違いない)。

生殖医療と家族のかたち 先進国スウェーデンの実践 (平凡社新書)

石原 理 / 平凡社




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by technology0405 | 2010-08-22 18:09 | Book | Comments(0)
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